FC2ブログ

狂った果実

1956年/日本/87分・モノクロ
中平康監督/北原美枝、石原裕次郎
★★★★★ ☆☆☆☆☆

お金持ちの家のボンボン大学生の滝島夏久(石原裕次郎)と高校生の弟・春次(津川雅彦)は仲の良い兄弟。二人は夏の逗子の海で、天草恵梨(北原三枝)という女性と知り合う。カタブツで女性にも初心な春次は彼女に一目惚れし、交際するようになる。一方のプレイボーイの夏久は、横浜のナイトクラブで偶然出会った恵梨と肉体関係を持つ。一人の女性を愛してしまった兄弟は・・・。
24才の石原慎太郎が書いた小説を、30才の中平康監督が映画化。前年に公開されて社会現象となった『太陽の季節』に続く、いわゆる「太陽族映画」。石原裕次郎の初主演作であり、この後彼はスターダムを駆け上がる。
トリュフォーがこの映画を評価したとか、ゴダールが影響を受けたとか言われたせいで、今日も高い評価を得ている映画だけど、僕の印象では、遊び人の兄と真面目な弟が魅力的な米軍将校のオンリーを奪い合った末に3人とも破滅するという大時代風メロドラマであり、その描写は薄っぺらで中味のない、お金持ちの馬鹿息子たちが女を求めてつるんでいるだけという風俗映画。おまけに俳優たちの演技はお世辞にも上手いとは言えず、台詞は棒読みでよく聞き取れない。
物語としてはクロード・シャブロル監督の『いとこ同志(1959年)』によく似てるけど、両者の差は歴然。春次のモーターボートが、夏久と恵梨の乗ったヨットに突っ込むラストシーン以外は見どころはなく、フランスのヌーヴェルヴァーグに多大な影響を与えた日本映画といわれているけど、ホントなのかしら?

https://www.youtube.com/watch?v=aDLre9jun6k
スポンサーサイト



2019-08-18 : 映画 :

東京暮色

1957年/日本/140分・モノクロ
小津安二郎監督/原節子、有馬稲子
★★★★★ ★★☆☆☆

東京の雑司ヶ谷に住む杉山周吉(笠智衆)は、銀行勤めをしながら男手一つで二人の娘を育て上げた。ところが最近、その家庭に波風が。すでに嫁いだ姉の孝子(原節子)が、夫と折り合いが悪く二才の娘を連れて実家に帰り、短大を出たばかりの妹の明子(有馬稲子)はどうも素行がよろしくない。
明子が叔母の重子(杉村春子)から金を借りようとしたと聞いて、周吉は明子を問いつめるがその使い道は明かさない。それもそのはず、明子は遊び人の大学生の木村(田浦正巳)と付き合って妊娠、堕胎のための費用だったのだ。
そんな時、明子が出入りする麻雀荘の女主人喜久子(山田五十鈴)が、明子について色々尋ねていたことを知る。明子にいかにも親しげに接する喜久子を見て、彼女は「喜久子こそが自分の母親ではないか」と直感。その母は彼女がまだ幼い頃、男を作って出奔したのだった・・・。
小津安二郎監督の最期のモノクロ作品。脚本は野田高梧、出演は原節子、笠智衆といつものメンバーだが、小津監督にしては珍しく家族の暗い面を描いた作品で、女性の悩みにフォーカスした展開は成瀬巳喜男監督作品かと思うほど。
ストーリーだけではなくその映像も夜の街のシーンが多く、徹底して暗い。巷の評価も低くて失敗作とされた映画だが、僕はそんな風には思わない。そもそも日本の家族の姿をありのままに映し出すのが小津作品だとすれば、本作で描かれた家族の暗い過去も親子トラブルも悲劇(明子の死)もまた日本の家族の真実であって、小津監督としては一度は撮らなければならない必然の作品だったのでは? それにしても、このオトーサン可哀相!

https://www.youtube.com/watch?v=MrvEEM8lAvs
2019-08-17 : 映画 :

墓石と決闘

1967年/アメリカ/102分
ジョン・スタージェス監督/ジェームズ・ガーナー、ジェイソン・ロバーズ
★★★★★ ★★☆☆☆

1881年、アリゾナ州トゥームストーンのOK牧場で保安官ワイアット・アープ(ジェームズ・ガーナー)とその兄弟ヴァージルとモーガン、ワイアットの友人ドク・ホリディ(ジェイソン・ロバーズ)の4人は、アイク・クラントン(ロバート・ライアン)一味と銃撃戦を行い、兄弟2人が負傷したものの、相手の3人を撃ち倒した。しかしアイクは逃走して体制を立て直し、闇討ちでヴァージルを半身不随に、モーガンを殺害する。連邦保安官に任命されたワイアットは、アイクたち5人の逮捕状を取り捜索隊を結成。ドクとともにアイク一味をメキシコまで追い詰めていくが・・・。
1957年にバート・ランカスター&カーク・ダグラスの二大スターの競演で『OK牧場の決闘』を大ヒットさせたジョン・スタージェス監督だが、その勧善懲悪の内容には必ずしも満足していなかったようだ。そこで監督は地味目の俳優を起用し、決闘の後日譚としてのワイアットとアイクの確執と対決を、「史実に基づく物語」としてリアリズムに徹した作風で描いた。
1940年代後半から50年代に最盛期を迎えたアメリカ西部劇は、60年代に入って衰退。マカロニ・ウェスタン(1965年『夕陽のガンマン』など)やアメリカン・ニューシネマ(1969年『明日に向かって撃て』など)の登場で新しい時代を迎えるが、そんな作品群の中でも、本作は堂々たる正統派西部劇として異彩を放っている。
当初は法による解決を目指した正義感ワイアットだが、肉親を殺されて復讐の鬼と化し、15人殺したという無法者のドクに「お前は保安官じゃない、立派な人殺しだ」と言われながらも、法と正義に依らず、自らの銃で一人また一人と殺していく。
もと医者ながらアルコール中毒で結核病み、余命幾ばくもないドクを演じるジェイソン・ロバーズがシブイ。入院したドクをワイアットが見舞うラストシーンは、短い台詞の中に男と男の友情が溢れていてとてもヨロシイ。『荒野の七人』や『大脱走』のような華やかさはないが、スタージェス映画の最高峰かも知れない。

https://www.youtube.com/watch?v=8yaWSeG0Mgk
2019-08-14 : 映画 :

山猫

1963年/イタリア・フランス/187分
ルキノ・ヴィスコンティ監督/バート・ランカスター、アラン・ドロン
★★★★★ ★★★☆☆

1860年、シチリア島にイタリア統一戦争の波が押し寄せる。ガリバルディ率いる赤シャツ隊がシチリアに上陸し、ナポリ王国ブルボン王朝軍との戦闘が始まった。13世紀から続くパレルモの名門貴族の当主サリーナ公爵(バート・ランカスター)は事態を静観するが、彼がその将来を嘱望する甥のタンクレディ(アラン・ドロン)は、「生き残るためには、自ら変わらなければならない」と赤シャツ隊に参加。赤シャツ隊が市街戦に勝利しナポリ王国は崩壊。、住民投票の結果、シチリアはイタリア王国に統合されることとなる。その結果ガリバルディ軍は解体され、タンクレディは変わり身早く政府軍に合流。
中央から派遣されてきた役人が、人格者で人望厚いサリーナ公爵に新政府の貴族院議員になって欲しいと懇願するが、彼は「自分は新しい時代に相応しくない」とこれを固辞し、ブルジョワ出身の資産家で市長のセダーラ(パオロ・ストッパ)を推薦する。
タンクレディはセダーラの娘アンジェリカ(クラウディア・カルディナーレ)を一目見て恋に落ち、公爵の娘コンチェッタ(ルッチラ・モルラッキ)をあっさり袖にする。公爵は娘の悲嘆を知りながら、野心家のタンクレディには貴族の娘より資産家の娘の方が相応しかろうと、結婚を後押し。
そして新旧両体制の人々が一同に会し、二人の結婚を祝う大舞踏会が開かれた・・・。
イタリア貴族の末裔であるジョゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサの長編小説を、ホンモノの貴族のルキノ・ヴィスコンティ監督が映画化。撮影はジョゼッペ・ロトゥンノ、音楽はニーノ・ロータ。187分の大作で、カンヌ国際映画祭のパルム・ドール受賞作である。
貴族階級でありながら一時期共産党に入党し、イタリアン・リアリズムに傾倒していたヴィスコンティ監督が、一転、シチリアの貴族社会を舞台に一つの時代の終わりを描く壮大な叙事詩だ。
本作の魅力は何と言っても、後半1/3を占める舞踏会のシーン。衣裳・美術・小道具・マナーなど時代考証は完璧で、自然光に拘ったため光源は無数の蝋燭によるもの。俳優たち以外に242名のエキストラが集められ、うち1/3は本物の貴族だったとか。その筆舌に尽くしがたい豪華絢爛さはまさに映像芸術の独壇場である。
新興富裕層と若者たちの活気が支配する会場で、サリーナ公爵の心は憂愁に閉ざされている。彼の心の中には、新しい時代の到来を必然と認めながらも、滅びゆく旧体制を惜しむアンビバレントな感情が去来するようだ。喧噪を避けるように入った部屋で、公爵は壁に掛けられた一幅の絵に目を留め、ふと死への欲求に捕らえられるのである。
この長い長い舞踏会の場面。滅びゆく老貴族に思いを重ねるか、若い二人に新時代の息吹を感じるか、ただただ絢爛な雰囲気に酔うのか、壮大な虚飾を冷笑するのか・・・観客は百人百様の思いでこの場面を見るのだろうが、その映像美に圧倒されることに変わりはない。
バート・ランカスターが体現する老貴族の威厳と矜持は文句のつけようがなく、24才のクラウディア・カルディナーレは息を呑むほど美しい。この二人がワルツを踊るシーンは、映画史に残る素晴らしさである。

https://www.youtube.com/watch?v=DHYu--E9ucI
2019-08-10 : 映画 :

片目のジャック

1961年/アメリカ/141分
マーロン・ブランド監督/マーロン・ブランド、カール・マルデン
★★★★★ ★★☆☆☆

1880年のメキシコ。二人組の無法者リオ(マーロン・ブランド)とダッド(カール・マルデン)が銀行を襲って追っ手から逃れる途中、ダッドが奪った金を持ったまま姿をくらまし、裏切られたリオは捕まって監獄へ。5年後、脱獄したリオは新しい仲間とカリフォルニアのモントレイの町へ。その町ではなんとダッドが保安官におさまっていた。
表面は平静を装って再会した二人。ダッドは妻マリア(ケティ・フラド)と娘ルイザ(ピナ・ペリサー)をビルに紹介し、リオに一目惚れしたルイザはやがてリオに抱かれる。リオの復讐に怯えるダッドは、喧嘩相手を射殺したリオを逮捕して彼の利き腕の右手を潰す。海岸の村で傷を癒やしたリオは復讐を誓うが、再びダッドに捕らえられて・・・。
原作はチャールズ・ネイダーの小説で、マーロン・ブランドが映画化権を獲得。当初スタンリー・キューブリック監督、サム・ペキンパー脚本で撮影が始まったが、いざこざが絶えず、紆余曲折の末にブランド自身が監督を務めることに。しかしスタジオが勝手にエンディングを改変したため、今度はブランド監督がへそを曲げたという曰く付きの映画。これに懲りたのか、ブランドは本作以外に監督はしていない。
評論家筋の評価は決して高くないようだが、僕には結構面白かった。西部劇には珍しいカリフォルニアの海の映像は新鮮だし、昔ながらの勧善懲悪と違って登場人物はワルばかり。因縁の二人の男の緊張関係(原題はOne-Eyed Jacks=表と裏の顔がある男が二人という意味?)は見応えがあり、決闘シーンも凝っていて、ルイザの手引でリオが留置場から脱獄するシーンは手に汗握る。伝統的な西部劇の殻から抜け出し、アメリカン・ニューシネマに一歩近づいた作品。
マーロン・ブランドの存在感、怒りの迫力は抜群だし、カール・マルデンは相変わらず上手いし、僕の好きなベン・ジョンソンも出てるし、はかない感じのピナ・ペリサー(この3年後に自殺したとか)も良かった。

https://www.youtube.com/watch?v=wjNzFFSzr54
2019-08-10 : 映画 :

真夜中のカーボーイ

1969年/アメリカ/114分 
ジョン・シュレシンジャー監督/ジョン・ヴォイト、ダスティン・ホフマン
★★★★★ ★★★☆☆

食堂で皿洗いをしていたテキサスの伊達男ジョー・バック(ジョン・ヴォイト)は、ジゴロを気取ってニューヨークに乗り込むが、このお人好しのカウボーイを待っていたのは、生き馬の目を抜く都会の厳しい現実だった。
最初に出会った女から、金を稼ぐどころか逆に巻き上げられたジョーは、スラム街のペテン師ラッツォ(ダスティン・ホフマン)と知り合い、彼をマネージャー(いわゆるポン引き)に男娼ビジネスに精を出すがトラブル続き。有り金使い果たしてラッツォのねぐらに転がり込むと、そこは取り壊し寸前の廃屋アパートの一室だった。
この暗く惨めで不潔な部屋で男同士の共同生活が始まり、二人の間には奇妙な友情が生まれる。足が不自由な上に肺病持ちのラッツォの夢は、暖かいフロリダで暮らすこと。しかし極寒のニューヨークでの暖房もない暮らしで、ラッツォの病状は悪化し・・・。
1960年代後半から70年代前半にアメリカの映画界を席巻したアメリカン・ニューシネマ。「夢と希望とハッピーエンド」のハリウッド映画の常識とは真反対の、荒廃したアメリカの現実を描く作品群だが、その中でも本作は一際輝く名作である。ジェームズ・レオ・ハーリヒーの小説をウォルド・ソルトが脚色し、英国人のジョン・シュレシンジャーが監督、音楽は名手ジョン・バリー。アカデミー賞の作品・監督・脚色賞を受賞し、主役の二人も主演男優賞にノミネートされた。
映画の冒頭、ハリー・ニルソンの「うわさの男」の歌声に乗り、カウボーイ・スタイルで颯爽とテキサスを後にするジョーだが、フラッシュバックで描かれる彼のテキサスでの過去は、母と祖母に邪険にされて育ち、高校時代の恋人はレイプされて発狂、と惨めなもの。
ラッツォの人生はもっと悲惨だ。働きづめに働かされた挙げ句に肺を患い、まともな職につけるはずもなく、不自由な足を引きずりながらケチな騙しと盗みでその日暮らし。どん底の貧困の中で虫けらのように蔑まれて生きている。
病状が悪化し「俺はもう歩けなくなる」と泣くラッツォを見て、ジョーはゲイの中年男からふんだくった金でバスのチケットを買い、ラッツォを連れてマイアミに向けて旅立つ。
英国人監督はニューヨークの社会をこの上なくシニカルに描く。金持ち女が男娼を買う一方で、底辺の弱者は医者にもかかれず、生きることさえままならないのだ。それまでの映画ではタブーとされた売春とゲイの物語であり、社会にはびこる貧困と差別と真正面から向き合っている。
しかし二人でマイアミへ向かうあたりではわずかに希望の光がさす。そしてマイアミに着く直前、バスの中で失禁したラッツォに新しい衣服を買って着せ、これからの生活について話すジョーの傍らでラッツォは静かに息絶える。映画史に残る名ラストシーンである。

https://www.youtube.com/watch?v=a2yBydiEJrI
2019-08-05 : 映画 :

ショーシャンクの空に

1994年/アメリカ/143分
フランク・ダラボン監督/ティム・ロビンス、モーガン・フリーマン
★★★★★ ★★★☆☆

1947年、若きエリート銀行員のアンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)は、妻と愛人を殺した罪で終身刑の判決を受け、ショーシャンク刑務所に収監される。刑務官の暴力(時に殺人も)、劣悪な環境、永遠とも思われる絶望の日々、おまけに彼は入所早々から一部の囚人の性的行為や暴力に苦しめられている。そんなある日、アンディが刑務所の調達屋のレッド(モーガン・フリーマン)に趣味の鉱物採集用のロック・ハンマーを注文したことから、二人の交遊が始まる。
収監2年後の屋外作業が許された日、ハドリー刑務官(クランシー・ブラウン)の遺産相続の悩みを耳にしたアンディは、節税方法を教える代わりに囚人仲間にビールの差し入れを要求して許され、それ以来、刑務官・囚人の双方から一目置かれるようになる。
図書係となったアンディは、州議会に図書予算の増額を要望する手紙を6年間書き続けて増額を勝ちとる一方、刑務官たちの税務対策の相談に応じてノートン所長(ボブ・ガントン)の信頼を得る。やがてノートン所長は囚人の野外奉仕活動に乗じて土建業者から賄賂を取り始め、その蓄財の手続きをアンディに任せるようになる。
18年後、新たに入所してきた若者トミー(ギル・ベローズ)から、アンディは自身の無実を証明できるかも知れない事実を聞き出して署長に再審請求を申し出るが、署長が許可するはずもなく、逆に彼を懲罰房に閉じ込めトミーを射殺してしまう。その後もアンディは署長の不正経理を続けていたが、19年後のある朝、彼の姿は独房から忽然と消えていた・・・。
人気作家スティーヴン・キングの小説「刑務所のリタ・ヘイワース」を、脚本家のフランク・ダボランが初監督作として(脚本も)映画化し、アカデミー賞の7部門にノミネートされた作品(受賞はなし)。
荒くれ男たちの集団に放り込まれた寡黙なインテリ。入所の日、最初に泣き出すのは彼だろうと賭けの対象とされたアンディだったが、彼はショーシャンク刑務所の中で最も強かな男だった。
刑務所内でのさまざまなエピソードを通して描かれる人間模様は、「自由と希望」についての力強い示唆と説得力に富んでいる。刑務所暮らし20年の殺人犯のレッドは、入所間もないアンディに「希望を持つのは止めた方が良い」と警告し「終身刑は人を廃人にする刑罰だ」と述懐する。レッドの仮出所の申請は、毎回同じパターンで不許可となるのだ。同じく50年を暮らした老囚人ブルックス(ジェームズ・ホイットモア)は、逆に釈放されることをひたすら恐れ、社会に出た途端に自ら命を絶ってしまう。
そんな日々の中で、アンディだけは自己を見失わずさまざまな役割に挑戦する。小さな図書室は彼の努力で立派な図書館になり、トミーに高卒資格を取らせるために学習指導を行う。図書室に送られてきたレコードの「フィガロの結婚」を所内のスピーカーで流し、囚人たちが聴き入るシーンは実に印象的だ。
娯楽タイムに『ギルダ』が上映された時、アンディはリタ・ヘイワースのポスターをレッドに注文。ポスターは彼の独房の壁に貼られ、やがてそれは『七年目の浮気』のマリリン・モンロー、『恐竜100万年』のラクエル・ウェルチに変わり年月の経過を表すという演出も上手い。
ロック・ハンマやポスター等、さまざまな伏線を忍ばせながら、最後に明らかになるアンディの脱獄。脱獄後に、不正経理のために作った架空の人物にアンディがなりすまし、所長の蓄財のすべてを手に入れるシーンで観客は溜飲を下げる。そして、40年目に仮出所を果たしたレッドが、メキシコの海岸でアンディに再会するエンディングで、観客はハッピーな気分。

https://www.youtube.com/watch?v=6hB3S9bIaco
2019-08-03 : 映画 :

ポセイドン・アドベンチャー

1972年/アメリカ/117分
ロナルド・ニーム監督/ジーン・ハックマン、アーネスト・ボーグナイン
★★★★★ ★★☆☆☆

8万トンの大型客船ポセイドン号が数千人の乗客を乗せてギリシャに向かっている時、付近の海底で地震が起き、巨大な津波が客船を襲う。船主の要求で船足を速めるためにバラスト不足だったポセイドン号はひとたまりもなく転覆し、上下真っ逆さまになってしまう。
大晦日のパーティが開かれていた大ホールは地獄と化すが、生き残った乗客にパーサー長は動かずに救助を待とうと指示。しかし反骨の神父スコット(ジーン・ハックマン)は「行動しなければ神は助けてくれない」と船底に向かって上ることを主張。結局、スコット神父、ロゴ刑事夫妻(アーネスト・ボーグナイン&ステラ・スティーヴンス)、ユダヤ人老夫婦(ジャック・アルバートソン&シェリー・ウィンタース)、独身の雑貨屋(レッド・バトンズ)、15才の少女とその弟(パメラ・スー・マーティン&エリック・シーア)、女性歌手(キャロル・リンレイ)、船のボーイ(ロディ・マクドウォール)の10人だけが大ホールを脱出するが・・・。
アメリカン・ニューシネマが全盛だった1970年代前半に、ハリウッドらしいスペクタクル映像とアドベンチャー劇を復活して大ヒットし、パニック映画ブームの火付け役となった大作。監督は英国人のロナルド・ニームで、アカデミー歌曲賞と特別業績(特撮)賞を受賞した。
、摩訶不思議な世界が現出。CGこれを実物大のセットで作り上げた
パニック映画のツボは、パニック以前と以後の対比(映像的にもドラマ的にも)であって、その点、天と地の全てが逆転し、天井からテーブルがぶら下がり便器が逆立ちしている摩訶不思議な映像世界が現出して効果抜群。CGのない時代に実物大のセットでこの世界を作り上げたのは、まさにハリウッドの実力。ジーン・ハックマン、アーネスト・ボーグナイン、シェリー・ウィンタースらの熱演で、アドベンチャー劇としても十分に見応えがある。
最も鉄板が薄いとされる船尾に向かう10人だが、至る所で爆発が起こり、浸水は激しさを増し、熱蒸気が噴き出し、一人また一人と犠牲者が出る。はたして何人が生き残れるか?
何千人もが犠牲になる悲惨な事故の映画でありながら、勇気、希望、犠牲の精神を強調し、ハッピーエンドの教育的人間ドラマに仕上げてしまう、いかにもアメリカらしい映画。

https://www.youtube.com/watch?v=pYLuZ-3OzBY
2019-07-29 : 映画 :

奇跡の丘

1964年/イタリア・フランス/137分・モノクロ
ピエロ・パオロ・パゾリーニ監督/エンリケ・イラソキ、マルゲリータ・カルーソ
★★★★★ ★★☆☆☆

ベツレヘムの大工ヨゼフ(マルチェロ・モランテ)の婚約者マリア(マルゲリータ・カルーソ)が精霊によって妊娠してイエスが生まれるが、ヘロデ王の迫害を逃れて一家はエジプトに移る。王が死んでガラリアに戻り成人したイエス(エンリケ・イラソキ)は、ヨハネ(マリオ・ソクラテ)の洗礼を受けるが、その時、「我が子よ」という天の声が響く。
神の子イエスは荒野で40日間の断食を行い、悪魔の試練を乗り越える。彼は12人の弟子を従えて各地を巡り、民衆に福音を説き数々の奇跡を行う。しかしエルサレムの長老や祭司や律法学者は彼の教えを危険視し、洗礼者のヨハネを殺す。イエスは自分もまた殺されることを知りながらエルサレムに入り、神の子そしてメシアとしての福音を説き続ける。最後の晩餐の席で「お前たちの一人が私を裏切ろうとしている」と述べた通り、ユダの讒言によってイエスは捕らえられ、ゴルゴダの丘で十字架刑に処せられる。しかしその三日後、老いた母(スザンナ・パゾリーニ)たちが墓を訪れると、そこにイエスの遺骸はなかった。復活をとげたイエスが、民衆の前に姿を現して映画は終わる。
作家・思想家・脚本家でもある鬼才ピエロ・パオロ・パゾリーニ監督が、イエスの生涯をマタイの福音書に忠実に描いて、ヴェネツィア国際映画祭審査員特別賞、国際カトリック映画事務局長を受賞した作品。
後に『デカメロン』『カンタベリー物語』などの話題作を次々に発表して、欧州の映画賞を席捲したパゾリーニ監督だが、彼の最初期の作品である本作は、過剰な演出を一切排除し、落ち着いたモノクロ映像でイエスと弟子たちと民衆の姿を淡々と追っていくのみ。イエスが行う数々の奇跡も、技巧抜きで至極シンプルに描かれる。イエスの受難劇は、他の多くの映画ではいかにもドラマティックで感動的に描かれることが多いが、本作はその対局にあるといえそう。
イタリアのマテーラ洞窟住居(世界遺産らしい)などでロケを行ったその映像はイタリアン・リアリズムそのもの。イエス役のエンリケ・イラソキはイタリア旅行中のスペインの学生だったそうで、出演者の殆どがいわゆる演技の素人であることもドキュメンタリー効果を高めている。
それにしても無神論者であるパゾリーニ監督が何故イエスを描いたのか? 権力者の欺瞞や腐敗を激しく攻撃するイエスの演説シーンや、その声を一心に聞き入る民衆の表情のクローズアップを見ていると、イエスが革命の大義を訴える活動家のようにも思えてくる。この映画には、共産主義者でもあるパゾリーニ監督の、堕落した現代社会や宗教に対する批判も込められているのかも知れない。

https://www.youtube.com/watch?v=xEs4g9A9HGc
2019-07-27 : 映画 :

ドリームハウス

2011年/アメリカ/92分
ジム・シェリダン監督/ダニエル・クレイグ、レイチェル・ワイズ
★★★★★ ★☆☆☆☆

編集者のウィル・エイテンテン(ダニエル・クレイグ)は執筆活動に専念しようと出版社を辞め、妻のリビー(レイチェル・ワイズ)・幼い娘2人と郊外に買った住居に移って新生活をスタートさせる。しかし娘が幽霊を見たと訴えたり、家の周囲を怪しい男がうろついたりと不審な出来事が続き、やがて、この家では5年前に妻と娘2人が惨殺される事件が起き、容疑者と目された父親は精神病院に入院中であることが分かる。その後も怪しい男の影は消えず、ウィルは事件との関係を調べようと父親のいる精神病院を訪ねるが・・・。
『マイ・レフトフット』でダニエル・デイ=ルイスにアカデミー主演男優賞をもたらし、『父の祈りを』でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したジム・シェリダン監督が、珍しく撮った娯楽サスペンス。
映画は仲睦まじい家族の姿で始まり、そこに犯罪の影が忍び寄るというオーソドックスな前半の展開だが、中盤であっと驚く事実が判明。なんと5年前の事件はウィル自身(本名はピーター・ウォード)の一家に起こった事件であり、精神病院に入院していたのもピーター自身。その彼が退院してウィルと称し、今は廃墟となっている家に戻っていたというわけ。従って前半の家族の平和な風景はすべてピーターの妄想だった・・・。
映画の中盤でビックリ箱の蓋が開いてしまって、後半はもっぱら事件の経緯の説明に終始。お向かいさんの妻アン(ナオミ・ワッツ)の別れた夫が、アンを殺そうと殺し屋を雇ったのだが、その殺し屋が間違えてピーター宅に侵入。妻と娘2人を殺しピーターと揉み合いになったところで、瀕死の妻が犯人を狙って撃った弾がピーターの頭部に命中。彼は全ての記憶を無くしてしまったのだった。
ここまでもかなり無理筋のプロットなのだが、さらにアンの夫とおバカな殺し屋は、今度はピーターを殺そうと再び侵入するが、ピーターの妻の亡霊が現れて・・・。
やはりシェリダン監督は、社会派・ヒューマン路線の方がお似合いのようで。

https://www.youtube.com/watch?v=XFxIYqcmRxc
2019-07-24 : 映画 :

運命の逆転

1990年/アメリカ/111分
バーベット・シュローダー監督/ジェレミー・アイアンズ、グレン・クローズ
★★★★★ ★★☆☆☆

大富豪のクラウス・フォン・ビューロー(ジェレミー・アイアンズ)の妻サニー(グレン・クローズ)がバスルームで倒れ、病院に運ばれたものの昏睡状態から覚めることはなく、そのまま植物状態に。突発性低血糖症と診断され、血中に過剰な量のインスリンが認められた。サニーの連れ子の息子と娘の告発により、クラウスはサニーにインスリンを投与したという殺人未遂容疑で逮捕され、一審で懲役30年の有罪判決を受けた。
クラウスはハーバード・ロー・スクールの法学部教授アラン・ダーショウィッツ(ロン・シルヴァー)に控訴審の弁護を依頼。ユダヤ人で人権派弁護士のアランは、上流社会やクラウスに対して不信感を抱いていたが、他の人権裁判の費用を調達する必要もあって弁護を引き受ける。控訴審までの日数はわずかでしかも超多忙な彼は、教え子の弁護士や学生たち十数名を集めてチームを組み、全員を自宅に住まわせてこの難事件に取り組むが・・・。
1980年にアメリカで実際に起きたクラウス・フォン・ビューロー事件を、バーベット・シュローダー監督が映画化。ダーショウィッツの原作をもとにニコラス・カザン(エリア・カザンの息子)が脚色し(アカデミー脚色賞にノミネート)、クラウスを演じたジェレミー・アイアンズが主演男優賞を受賞した作品。
クラウスには愛人があり、夫婦仲は破綻状態。しかもクラウスの鞄からインスリンと使用済み注射器が発見されていて、判決を覆すのは至難の業であったが、ダーショウィッツのチームはまずサニーの周辺を徹底的に調べ、彼女が慢性的な薬物中毒に陥っており息子を通してさまざまな薬物を入手していたことを掴む。
さらに決定的な証拠とされたクラウスの鞄は、実は日頃サニーが使用していたことが判明。また女中がそのことを知っていたことも分かり、彼女の証言の信憑性が疑われた。さらに注射針にはインスリンの痕跡が認められたが、そのことが逆に針は使用されていないことの証明となる(体に使用されていれば針にインスリンは残らない)。こうして一審有罪の証拠は一つ一つ覆され、控訴審では無罪の判決が下されるのだが・・・。
ミステリー劇としての面白さに加えて、この映画では上流社会の家庭の欺瞞ぶり、とりわけクラウスの不気味な人物像が丹念に描かれる(ジェレミー・アイアンズが怪演)。彼は紳士なのか俗物なのか、素顔なのか仮面なのか、正直なのか噓の塊なのか、素直なのか強かなのか、そもそも有罪なのか無罪なのか? 真実を知るのはクラウスのみ。
無罪判決を勝ちとった後、ダーショウィッツはクラウスに「我々は法的には勝利を収めたが、君の良心は君の問題だ」と釘を刺して映画は終わる。

https://www.youtube.com/watch?v=qU7cBiiYcUg
2019-07-20 : 映画 :

許されざる者(1992年)

1992年/アメリカ/131分
クリント・イーストウッド監督/クリント・イーストウッド、ジーン・ハックマン
★★★★★ ★★☆☆☆

1880年のワイオミング。ビッグ・ウィスキーという町の娼館で、二人連れのカウボーイが娼婦の顔をナイフで切り裂くという事件が起きるが、保安官のリトル・ビル・ダゲット(ジーン・ハックマン)は、この二人をごく軽い罰を与えただけで解放してしまう。納得できない娼婦たちは、有り金をはたいて二人の首に千ドルの賞金をかける。この賞金目当てに、名うての英国人の殺し屋イングリッシュ・ボブ(リチャード・ハリス)が町にやって来るが、リトル・ビルは彼を武装解除したうえで散々に暴行を加えて町から追い出してしまう。
同じ頃、小さな農場を営む初老の男ウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)のもとへ、スコフィールド・キッド(ジェームズ・ウールヴェット)と名乗る若者が訪ねてきて、賞金を山分けしようと持ちかける。マニーはかつて極悪非道と恐れられたガンマンだったが、11年前に妻と出会って悪事から足を洗い、3年前に最愛の妻を亡くした後も二人の幼い子供を育てながら細々と暮らしている。しかし生活は苦しく、子供の将来のために金が必要だと考えた彼は、昔の仲間のネッド・ローガン(モーガン・フリーマン)を誘い、3人でビッグ・ウィスキーに向けて旅立つが・・・。
クリント・イーストウッドの監督としての転機であり、その後の快進撃の出発点となった映画で、アカデミー作品・監督・助演男優(ジーン・ハックマン)・編集賞を受賞した作品。
西部劇全盛期における勧善懲悪のステレオタイプとは一線を画した映画で、まず主人公マニーが満足に馬にも乗れないかなりヨボヨボの老人。しかも彼は今は改心したとはいえ、かつては動く者は女子供も撃ったという人殺しだった。若者キッドは一端のワルを気取ってはいるが、実は人を撃ったこともなくてしかもド近眼。ライフルの名手だったローガンも年老いて自信喪失気味。一方、正義の味方であるはずの保安官リトル・ビルは、仲間内の白人カウボーイには甘く、余所者や娼婦に厳しい偏見の持ち主で、権力を笠に着て暴力で町を牛耳っている・・・という具合に、善と悪の境界がすこぶる曖昧。
マニーは町に着くやいなやリトル・ビルに半死半生の目に遭わされ、娼婦たちの看病でなんとか一命を取り止め、映画は3人対カウボーイ2人との銃撃戦へ。しかしこの銃撃戦も型破りで、まずローガンが「もう人は殺せない」と脱落し、マニーは何度も的を外し、キッドは便器に座った男を至近距離で撃ち、と往年の西部劇のように颯爽とはしていない。
このように、きれいごとではなく泥臭くリアルな展開で、往年の西部劇の伝統を否定するかのように映画は進み、さすがにイーストウッド監督、現代版西部劇の新境地を拓いたかと思って見ていると、最後の最後で・・・。
ローガンがリトル・ビルに捕まって虐殺されたために堪忍袋の緒が切れたマニー、突然往年の殺し屋魂と運動神経が蘇る。11年間断っていたウィスキーをあおりシャキっとした彼は、電光石火の早撃ちでリトル・ビル一味全員を皆殺しに。
やはりアメリカ人はこうでないと満足しないことを熟知した、イーストウッド監督のしたたかな映画作りで、現代的な視点を取り入れながらも、西部劇としての面白さも一級品。前半のイーストウッドの耄碌ぶりの演技は、ちょっとクサかったけどね。

https://www.youtube.com/watch?v=ftTX4FoBWlE
2019-07-17 : 映画 :

ブルーベルベット

1986年/アメリカ/121分
デヴィッド・リンチ監督/カイル・マクラクラン、イザベラ・ロッセリーニ
★★★★★ ★★☆☆☆

ノースカロライナ州の田舎町ランバートン。大学生のジェフリー(カイル・マクラクラン)は野原で切り取られた人間の耳を拾い、知り合いのウィリアムズ刑事(ジョージ・ディッカーソン)に届ける。刑事の娘サンディ(ローラ・ダーン)から、この事件には近くのアパートに住むクラブ歌手のドロシー(イザベラ・ロッセリーニ)が関係していると聞いたジェフリーは、好奇心を抑えきれずドロシーのアパートに忍び込む。彼がそこで覗き見たのは、ドロシーと謎の男フランク(デニス・ホッパー)の倒錯したセックスの一部始終だった・・・。
『イレイザーヘッド』で衝撃的なデビューをし、2作目の『エレファント・マン』でアカデミー作品賞他8部門にノミネートされたデヴィッド・リンチ監督の第4作(脚本も)。撮影のフレデリック・エルムス、音楽のアンジェロ・バダラメンティとはその後のリンチ作品でもチームを組んでいる。
ボビー・ビントンの1960年代のヒット曲「ブルーベルベット」をバックに、紺碧の空、白い庭柵、真っ赤なバラ、緑の芝生・・・健康的で明るくのどかな町の風景で映画は始まるが、カメラはその裏側に潜り込み、犯罪と暴力が支配する淫靡で頽廃的な世界を映し出す。
ヤクザのフランクはドロシーの夫と子供を拉致監禁し、ドロシーを脅して性的虐待を続けている。ジェフリーが拾った耳は、拷問で切り取ったドロシーの夫の耳だ。事件は麻薬密売にからむもので、すでに警察はフランクをマークし、一人の刑事を一味に潜り込ませていた・・・。
ストーリーは単純なのだが、リンチ監督の描く奇妙な世界は観客の想像を超える。ドロシーはフランクに異常性愛を強要されるうちに、皮肉なことに彼女のマゾヒズムが開花。ジェフリーはサンディと恋仲でありながら、痛々しくも妖しいドロシーの魅力に負けて肉体関係を持ってしまう。これをフランクに見つかって彼は一味のアジトに連れて行かれ 〜そこには女装趣味の男ベン(ディーン・ストックウェル)と、醜く太った女たち〜 手ひどい暴行を受ける。
すべてが悪夢のような世界なのだが、一際強烈なのはフランクのサイコパスぶり。酸素マスクでガスを吸って性的興奮を高め、額に青筋を立てて大声で「ファック」を連呼し、青いベルベットのローブを纏ったドロシーをレイプする、その怪演ぶりはデニス・ホッパーならでは。
リンチ監督は画家志望だったらしいが、その色彩も構図も、アートっぽさと俗っぽさが混在する独特のもの。エンディングのドロシーの部屋の描写 〜ドロシーの夫と刑事の二人が死んでいる〜 には思わず笑ってしまった。

https://www.youtube.com/watch?v=k_BybDB_phY&t=42s
2019-07-12 : 映画 :

黒い潮

1954年/日本/113本
山村聡監督/山村聡、滝沢修
★★★★★ ★☆☆☆☆

国鉄総裁の秋山が常磐線の線路内で轢死体で発見された。秋山は数日前に3万人の国鉄職員を解雇、その後行方不明になっていた。他殺説・自殺説が飛び交う中、毎朝新聞の社会部デスク速見(山村聡)はどちらの説にも偏らず、判明した事実だけを報道するという態度に徹するが、他紙は他殺説一色。これでは新聞が売れないと上層部から激しい圧力がかかるが、社会部長の山名(滝沢修)は速見を信頼し援護する。
警察の判断も二転三転するが、最終的に自殺と断定し明日発表という確証を得た速見は、特ダネとして報道。しかしその発表は何故か突然中止されてしまい、速見は誤報の責任を取らされて九州転勤を命じられる。あたかもその時、東京・三鷹駅で無人電車が暴走して死者が出るという事件が起きていた・・・。
1949年7月6日に起きた下山事件を題材にした井上靖の小説を、俳優でもある山村聡監督が映画化。下山事件は結局のところ自殺・他殺とも判明せず、真相は闇の中。続いて起きた三鷹事件、松川事件では大量の共産党員が逮捕されており(裁判では無罪に)、戦後間もない当時の日本に左翼勢力弾圧の動きがあり、下山事件の経緯もその一環であったという懸念は拭えない(松本清張は一連の事件の背後にGHQの関与があったのでは?と示唆している)。
ともあれ、この映画はフィクションではあるものの、戦後の空気を色濃く表していて興味深い。新聞社内の風景(冷房代わりの氷柱、煙草吸い放題、お茶汲みの少年)、やたら開かれる飲み会なども当時ならでは。
テーマは新聞社の報道姿勢はどうあるべきかという至極真面目なもので、速見が貫く客観報道の原点が彼の個人的な体験に基づくという辺りは、フィクションならではのご愛敬だが、松本サリン事件に関する明らかな誤報、小沢一郎の政治資金についての恣意的報道、最近流行りのフェイクニュース等々、「報道の信頼性」は現在も問われ続けている。

https://www.youtube.com/watch?v=Snb2alxT3PQ
2019-07-10 : 映画 :

シリアの花嫁

2004年/イスラエル・フランス・ドイツ/97分
エラン・リクリス監督/ヒアム・アッバス、マクラム・J・フーリ
★★★★★ ★★★☆☆

1967年の第三次中東戦争でイスラエルはシリア南西部のゴラン高原を占領。イスラエル国籍を取得しないゴラン高原の住民(主としてイスラム教ドゥルーズ派)は無国籍とされている。
映画の舞台はゴラン高原のマジュダルシャムス村。この小さな村の娘モナ(クララ・フーリ)がシリアへ嫁入りしようとしているが、なんだか浮かぬ顔。それもそのはず、一旦シリアに入ると二度と村へは戻ることはできないため一大決心をしての嫁入りである。不安そうなモナを、結婚式を仕切る姉のアマル(ヒアム・アッバス)が「きっと幸せになれる」と力づけている。
軍事境界ゾーンを挟んだ国境のシリア側に花婿が到着し(両者は拡声器で会話する)、いよいよ花嫁の出発という時にトラブルが起きる。モナのパスポートにイスラエルからの出国スタンプが押されてていたために、シリアの入管は彼女の入国を許可できないというのだ・・・。
この映画の監督はイスラエル人のエラン・リクリス。脚本はパレスチナ人の女性スハ・アラス(リクリス監督と共同脚本)。このコンビが深刻で複雑で迷惑でバカバカしい現実を鋭く切り取って見せた。
この結婚のためにモナの家族が集まってくるが、それぞれに問題を抱えている。父親のハメッド(マクラム・J・フーリ)は親シリアの活動で投獄されたこともあり、娘を送り出すために国境へ近づくことができない。ロシアに住む弁護士で長兄のハテム(エヤド・シェティ)はロシア人の妻(イブリン・カプルン)と結婚したために、今も勘当状態である。インテリのアマル(ヒアム・アッバス)は保守的な夫アミン(アドナン・トラブシ)と離婚寸前で・・・これら家族の描写にも、この地域の政治・宗教・社会(男尊女卑・世代間ギャップ・村社会など)の難しい問題が浮き彫りにされる。
国交がないため、両国の手続きを代行するのは国際赤十字の女性ジャンヌ(ジュリー=アンヌ・ロス)。彼女は両国の検問所を何度も往復して(かなり距離がある)交渉を続けるが、シリア側は頑なでいつまで経っても埒があかず・・・。
日本人には理解できない状況だがこれが現実だろうし、そもそもこんな映画を作ること自体、描写の一つ一つが微妙なニュアンスを帯びるわけで、かなりの冒険のはず。それを考えれば、花嫁モナが決然と立ち上がって一人国境を越えてシリア側へ歩き、姉のアマルがその後ろ姿をじっと見送るすラストシーンは、この上なく力強く感動的である。

https://www.youtube.com/watch?v=KPxtZ9AqjYM
2019-07-06 : 映画 :

ひまわり

1970年/イタリア/101分
ヴィットリオ・デ・シーカ監督/ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ
★★★★★ ★★★☆☆

第二次大戦中のイタリア。出征を控えたミラノの男アントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)と陽気なナポリ娘ジョバンナ(ソフィア・ローレン)が恋に落ち、出征を遅らせようと結婚して12日間の休暇を得る。さらに兵役を逃れようとアントニオは精神錯乱まで装うが、バレて最悪のシベリア戦線送りに。
戦争が終わり、洋裁で暮らしを立て義母を励ましながら夫の帰りを待つジョバンナだが、待てど暮らせど夫は帰らない。彼女は連日、ミラノ駅に降り立つ復員兵に夫の写真をかざしてその消息を訪ね歩き、夫は敗走中にウクライナの雪原で倒れたという情報を得る。それでも夫の生存を信じるジョバンナは、スターリンが死んで(1953年)ソ連への入国が可能になったと知り、ついにソ連へ行く決心をする・・・。
『自転車泥棒』『悲しみの青春』のイタリアの巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督作品。撮影は『若者のすべて』『山猫』のジョゼッペ・ロトゥンノ、音楽は『ティファニーで朝食を』『酒とバラの日々』のヘンリー・マンシーニである。
ソ連に入ったジョバンナは、モスクワの大使館員の助けを借りてウクライナの戦場跡へ。そこは、今は見渡す限りのひまわり畑で、地下には無数のイタリア兵・ロシア兵が眠っているという。その隣には延々と連なる無名戦士の墓。
ジョバンナは夫の写真を手に、近くの町や村を足を棒にして訪ね歩くが、夫の消息は杳として知れない。ある日、ジョバンナは戦後も故郷には帰らずロシア人として暮らしているイタリア人の男と出会い、一縷の望みを抱くと同時に微かな不安を感じる。
その不安が的中。夫が住むという家には、若く美しい女性マーシャ(リュドミラ・サベーリエワ、あの『戦争と平和』のナターシャ役だった)と幼い女の子がいた。ジョバンナを一目見て事情を察したマーシャは、「雪原で倒れ虫の息だったアントニオを助けたが、彼は長い間記憶を失っていた」と説明する。勤めから帰る夫を迎えにいくマーシャと共に、ジョバンナも駅のホームへ。ジョバンナの姿を認めたアントニオは呆然、絶望に打ちのめされたジョバンナは汽車に飛び乗り泣き崩れて・・・。
出征前のノー天気な新婚夫婦から、ドキュメンタリー映像を交えた悲惨な戦場、雪中の死の行軍、一途な妻の執念と夫の優柔不断、度々の出会いと別れ・・・ネオレアリズモの旗手にしてコメディ、メロドラマと何でもこなすデ・シーカ監督ならではの劇的展開で、画面を覆い尽くすひまわりの映像とヘンリー・マンシーニの美しいメロディによって、観客の心は弥が上にも揺さぶられる。
僕の個人的感想では、この映画は「戦争に引き裂かれた男女の悲劇」としてここで終わっても良かったと思うくらいなのだが、映画はまだまだ続き、皮肉でリアルな人生劇となる。アントニオはマーシャの許可を得てミラノへ戻り、ジョバンナに「もう一度二人でやり直そう」と訴える。女性目線ならずとも「マーシャと子供はどうするつもりやねん?」と言いたくもなるが、恋愛の達人の国イタリアでは、これがかつて愛した女性に対する礼儀なんだろうか?
「戦争は残酷だ」とアントニオがつぶやけば、「愛がなくても人は生きられるのね」とジョバンナ。この二人の三度目の別れ・・・ソ連に帰るアントニオをミラノ駅のホームで見送るジョバンナの目から一筋の涙がこぼれて、映画は幕を閉じる。

https://www.youtube.com/watch?v=sWSXI2XIp_4&t=100s
2019-07-06 : 映画 :

お熱いのがお好き

1959年/アメリカ/121分・モノクロ
ビリー・ワイルダー監督/マリリン・モンロー、トニー・カーティス
★★★★★ ★★☆☆☆

禁酒法時代のシカゴ。失業中のバンドマンのジョー(トニー・カーティス)とジェリー(ジャック・レモン)は、偶然にギャング同士の抗争の場に居合わせてスパッツ(ジョージ・ラフト)一味による殺人現場を目撃。命からがら逃げ出した二人は女性に変装して、マイアミへ向かう女性ばかりのバンドに潜り込む。美人歌手のシュガー(マリリン・モンロー)と意気投合してご機嫌な二人だったが・・・。
ビリー・ワイルダーの脚本(I・A・L・ダイヤモンドとの共作)・監督によるスラップスティック・コメディの傑作。撮影はチャールズ・ラング、音楽はアドルフ・ドイチュと実力者揃いである。アカデミー賞の監督賞など6部門にノミネートされ、衣裳デザイン賞を受賞した。
モノクロ映像ということもあって、ジョーとジェリーの女装とメイクは意外にグロテスクではなく、カーティスはどこかぎこちないものの、レモンの笑顔は女に成りきっていてスゴイ。女装のジェリーは、富豪の老プレイボーイのオズグッド3世(ジョー・E・ブラウン)からプロポーズされ、一方のジョーはシェル石油の御曹司に化けて、金持ち大好きなシュガーのハートをゲット。二人は男に化けたり女に戻ったり(?)、衣裳を取っ替え引っ替えて大奮闘。花を添えるマリリン・モンローは女盛りの32才、蠱惑的な歌声で大ヒット曲「I wanna be loved by you」を披露する。
ここまで絶好調の二人だったが、ギャングの総会に出席のためにマイアミにやって来たスパッツ一味に見つかってしまって・・・。往年のギャング映画のパロディを交えながら笑いを盛り上げる、ワイルダー監督さすがの名人芸。ラストシーンで、ジェリーがオズグッド3世に「実は男だ」と打ち明けた時の3世の答え「Nobody’s perfect」は、その後の映画で数多く引用されているそうだ。

https://www.youtube.com/watch?v=rI_lUHOCcbc
2019-07-04 : 映画 :

マイ・ライフ、マイ・ファミリー

2007年/アメリカ/113分
タマラ・ジェンキンス監督/ローラ・リニー、フィリップ・シーモア・ホフマン
★★★★★ ★☆☆☆☆

アメリカ東海岸の都会に住む兄と妹。兄のジョン(フィリップ・シーモア・ホフマン)は大学で戯曲について教鞭を執り、妹のウェンディ(ローラ・リニー)は働きながら作家を目指している。二人はともに独身だが、それぞれにアラフォー世代の人生の問題を抱えている。この兄妹のもとに、西海岸で女性と一緒に暮らしていた父親が、女性に死なれしかも認知症を患っているので引き取るようにとの連絡が入り・・・。
女性監督(脚本も)のタマラ・ジェンキンスが自らの体験を交えて描いた映画だそうで、アカデミー賞の脚本賞、主演女優賞にノミネートされた作品(日本未公開)。
父親とは長らく音信不通、しかもこの父親は暴力をふるって兄妹を悩ました過去を持つ。かつては憎んだ父親にこの二人はどう対処していくのか。映画はこの深刻な状況を、多少のユーモアを交えながら、淡々と描いていく。
二人にもそれぞれ仕事があって、それほど裕福でもない。まずは「父親をどんな施設に入れるか」から始まって、時に意見が違って口論したりしながら、二人は世間の人々と同じように考え、悩み、行動する。こういう普通の人の日常を演じることはかえって難しいと思うが、名優のホフマンとリニーは実に自然に“普通の人”を演じた。
この映画のテーマは老人介護というより、人生に行き詰まっていた中年インテリ兄妹が、父親の介護を契機に人生を再スタートさせるというポジティブな人生劇。父親が死んで、兄はポーランド女性との結婚を決意し、妹は戯曲を書き上げてジョギングを再開する。このラストはとてもさわやかで、観客もほっと胸をなで下ろす。
それにしても、これまでは介護をする立場で見ていた映画を、いつのまにか介護される立場で見ていることに気が付いて、ちょっと複雑な気持ち。

https://www.youtube.com/watch?v=skGbUq_ZyGU
2019-07-03 : 映画 :

1954年/イタリア映画/104分・モノクロ
フェデリコ・フェリーニ監督/アンソニー・クイン、ジュリエッタ・マシーナ
★★★★★ ★★★☆☆

大道芸人のザンパノ(アンソニー・クイン)は、助手の女が死んでしまったので、その妹のジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)をわずかな金で買う。子沢山の母親は「この子は料理も何にも出来ないけど、気立てが良いから使いやすいよ」と言って彼女を送り出す。
粗野で身勝手で乱暴なザンパノは早速ジェルソミーナを手込めにして自分の女とし、彼女にいろんな芸を仕込む。ザンパノの売り物は胸に巻いた鎖を筋肉で切るという素朴な大道芸で、道化として彼を助けるのがジェルソミーナの役割だ。二人はオート三輪に寝泊まりしながら村から村へ旅を続けるが、ザンパノは金が入れば女を引っ張り込んで、ジェルソミーナを追い出すなどやりたい放題。そんな彼に腹を立てて彼女は何度も逃げ出すものの、すぐに連れ戻されてしまう。
ある町で二人はサーカスの一団に加わり、若い綱渡り芸人の“キ印”にジェルソミーナは仄かな想いを抱く。ところが“キ印”はザンパノとは犬猿の仲で、大喧嘩をしてナイフを振り回したザンパノはブタ箱入り。ジェルソミーナは “キ印”に一緒に行こうと誘われるが、何故か彼女はザンパノと別れられなくて・・・。
『無防備都市』『戦火のかなた』の脚本を書き、1953年に自ら『青春群像』を監督して“ロッセリーニの後継者”と言われたフェデリコ・フェリーニ監督が、ネオレアリズモに抒情的なヒューマニズムの表現を加えて、国際的な名声を得た作品。アカデミー外国語映画賞の受賞作である。
ザンパノの暴力に怯えその仕打ちに耐えながらも、ジェルソミーナはへこたれない。彼女にとって、飢える心配がなく、旅先で色んな風物に触れ、道化を演じて観客を喜ばす日々は満更でもないのだ。彼女は新しい人生を与えてくれたザンパノに感謝していて、ある夜「二人は夫婦みたいね、少しは私が好き?」とザンパノに問いかけるが、「バカバカしい、早く寝ろ」と相手にされない。
そして悲劇は起きる。旅先で偶然再会した“キ印”を、ザンパノが殴り殺してしまったのだ。泣き叫び、放心状態となったジェルソミーナは、仕事ができなくなる。役に立たなくなった彼女を、ザンパノは道端に置き去りにする。そして数年後、ある町でザンパノはジェルソミーナが好きだったメロディを耳にする。「ああ、ジェルソミーナが生きていた!」と喜ぶザンパノだったが・・・。
貧乏で子沢山の家で食い扶持を減らすために娘を売るというのは、古今東西、貧困家庭で繰り返されてきた悲劇だけれど、本作はそんな境遇の中で懸命に生きようともがく少女の、限りなく切なく哀しい物語だ。
ジェルソミーナはほんのわずかな喜びと、それに百倍する苦しみの中を生きた。生きることの厳しさを背負うのはザンパノだって同じ事。しかしこの不器用な男は、薄幸な少女の純粋で無垢な真心をついに理解できなかった。ジェルソミーナが流浪の果てに行き倒れて死んだことを知り、ザンパノは始めて彼女の愛に気付き、夜の海辺で泣き崩れるシーンで映画は幕を閉じる。ニーノ・ロータの哀切きわまりないメロディが、いつまでも耳に残る。

https://www.youtube.com/watch?v=CucHyXsxCU8
2019-07-03 : 映画 :

フィクサー

2007年/アメリカ/120分
トニー・ギルロイ監督/ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントン
★★★★★ ★★☆☆☆

弁護士のマイケル・クレイトン(ジョージ・クルーニー)は、大手法律事務所でフィクサー(揉み消し屋)として働いている。彼が勤める法律事務所は、目下薬害集団訴訟の被告である巨大農薬会社U・ノース社の弁護を引き受けているが、その主任弁護士のアーサー(トム・ウィルキンソン)が突然奇行に走り留置所に入れられる。事態の収拾を命じられたマイケルは、親友でもあるアーサーをひとまずホテルに軟禁するが、彼は姿をくらましてしまう。
実はアーサーは農薬被害を証明する機密文書を入手しており、原告側に寝返って事務所を裏切ろうとしていたのだ。機密文書の存在に気付いたU・ノース社の法務部長のカレン(ティルダ・スウィントン)は、裏社会の男を雇って・・・。
「ジェイソン・ボーン」シリーズの脚本家であるトニー・ギルロイの監督デビュー作(もちろん脚本も)。アカデミー作品賞他7部門にノミネートされ、ティルダ・スウィントンが助演女優賞を受賞した。
ストーリーは比較的単純で、アーサーは事故を装って殺され、真相を知ったマイケルも命を狙われる。マイケルが乗った車は爆破されるが、その瞬間偶然下車していて命拾いをした彼は、死んだと見せかけて身を隠す。
この事件の本筋に、マイケルの私生活の話が絡む。彼は別れた妻と息子の親権を争っているうえ、事業に失敗して8万ドルの借金を抱えているのだ。マイケルは金のために巨悪を見逃すのか、それとも良心に従って戦うのか、というハナシなのだが、演じるのがジョージ・クルーニーなのでやはりワルには成りきれない。その分、職務のプレッシャーから追いつめられて犯罪に手を染めるカレンをティルダ・スウィントンが熱演。
全体として巨大企業の犯罪を描いた社会派作品としては軽いノリで、この年のアカデミー賞を争った『ノーカントリー』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に比べると迫力不足。死んだと思われたマイケルが、和解交渉の最中のカレンの前に現れるクライマックスは見応えがあるけどね。

https://www.youtube.com/watch?v=5kJRYBhG43Q
2019-06-28 : 映画 :

エレファント

2003年/アメリカ/81分
ガス・ヴァン・サント監督/アレックス・フロスト、エリック・デューレン
★★★★★ ★☆☆☆☆

1999年4月20日にコロラド州で起きたコロンバイン高校銃乱射事件をモチーフとして、『グッド・ウィル・ハンティング』のガス・ヴァン・サントが監督し、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールと監督賞を受賞した映画。
映画の舞台はオレゴン州ポートランドのとある高校。父親が酔っ払いで迷惑しているジョン、写真に凝り友人のポートレートを撮りまくるイーライ、アメフトの選手で女にモテモテのネイサン、ブスで内気な女の子ミシェル、井戸端会議に余念のない女子3人組など、生徒たちのいつもと変わらぬ日常が描かれる。一方、学校で苛められているアレックスとコンピューターゲームの銃乱射が好きなエリックが、通販で本物の銃を手に入れる。それから二人は学校へ行き、校内を歩き回りながら銃を撃ちまくる・・・ただそれだけ。
ヴァン・サント監督は「問題は解決しない。暴力はなくならない。動機も不明。それがメッセージだ・・・感想はそれぞれが抱いて欲しい」のだとか。私見を一切交えずに事件を客観的に描いて判断は観客に委ねる、という手法だが、世間に大きな衝撃を与えた事件を描くにしては、ちと安易じゃないの?
そもそもこの映画はあの事件を再現しているわけではなく、学校の雰囲気も生徒たちの日常も、犯人の行動もフィクション。むしろ事件の原因を仄めかすことがないように気を使いすぎたために、無難で無意味な映像ばかり。それを見せられて、事件について考えようと言われても困ってしまう。
パルムドール受賞は、コロンバイン事件を世に問う映画としてなのか、コロンバインの惨劇に似せた恐怖映画としてなのか、どっちなんだろう?

https://www.youtube.com/watch?v=2QV-_ruA-N8
2019-06-27 : 映画 :

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

2007年/アメリカ/158分
ポール・トーマス・アンダーソン監督/ダニエル・デイ=ルイス、ポール・ダノ
★★★★★ ★★★☆☆

20世紀初頭のカリフォルニア。石油の採掘で一攫千金を夢みる山師ダニエル・プレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)は、ある土地の石油埋蔵の情報を得る。ダニエルは幼い息子のH.W.(ディロン・フレイジャー)を連れてその土地を訪れ、地主のサンデー家を説得して採掘権を買い取り、仲間を集めて試掘を開始、見事に石油を掘り当てる。
ところがある日、油井で爆発事故が発生し、H.W.が吹き飛ばされて聴力を失ってしまう。この事故以来反抗的となったH.W.が放火事件を起こしたため、ダニエルは彼をサンフランシスコの寄宿学校に追いやってしまう。一方、サンデー家の息子で精霊派教会の牧師イーライ(ポール・ダノ)は、自分の土地を二束三文で買い叩き、巨大な富を手にしたダニエルに激しい敵意を抱いていた・・・。
アプトン・シンクレアの小説「石油!」を、『マグノリア』の売れっ子監督ポール・トーマス・アンダーソンが映画化、アカデミー賞で作品賞など8部門にノミネートされ、主演男優賞と撮影賞を受賞した作品。ダニエル・プレインビューは実在の石油王エドワード・ドヒニーが、イーライ・サンデーはカリスマ伝道師として当時絶大な人気があったビリー・サンデーがモデルだとされているが、ストーリーはもちろんフィクションである。
事業は順調なものの所詮は一匹狼のダニエル。メジャーの石油会社から買収を持ちかけられて反撥した彼は、大西洋までパイプラインを引く計画を立てる。その通り道の土地の所有者がイーライの熱烈な信者であり、ダニエルにイーライの洗礼を受けることを要求したため、ダニエルはしぶしぶこれを承諾。憎しみに燃えるイーライは、その洗礼の場でダニエルに激しい恥辱を与え、二人は不倶戴天の敵となり・・・。
石油ラッシュの狂騒を背景に、「There will be blood(いつか血に染まる)」のタイトル通り、異様な熱気と不穏な空気を孕みながら骨太なドラマが展開する。他人を全く信用せず女も寄せ付けず、強靭な精神力と有り余るエネルギーを、ひたすら富の獲得に注ぎ込むダニエル。彼の生い立ちや家族については一切語られないが、それが悲惨なものであったことは自明であり、彼の心の中には、血族というものに対する反撥と執着がどす黒い憤怒となって巣くっているようだ。と同時に、イーライが体現する宗教の欺瞞に対する、ダニエルの憎悪もまた凄まじい。
時は流れ、巨万の富を得たダニエルだったが、必然的に破局が訪れる。腹違いの弟だと偽った男を殺し、H.W.(彼は孤児だった)を勘当して天涯孤独となり、空虚な心を抱えて酒に溺れ・・・クライマックスでの、ダニエルのイーライに対する復讐劇は身の毛のよだつ恐ろしさである。
石油に取り憑かれた男の狂気を、ダニエル・デイ=ルイスがオスカー主演男優賞に相応しい熱演。富と支配に執着し、のし上がる過程で人間性が崩壊していくさまをこれほどエネルギッシュに演じた俳優がいただろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=FeSLPELpMeM
2019-06-26 : 映画 :

ビューティフル・マインド

2001/アメリカ/135分
ロン・ハワード監督/ラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー
★★★★★ ★★☆☆☆

1947年にプリンストン大学に入学したジョン・ナッシュ(ラッセル・クロウ)は、人付き合いが苦手で友人と呼べるのはルームメイトのチャールズ(ポール・ベタニー)のみ。しかし変人と言われながらも研究に没頭し、ゲーム理論「ナッシュ均衡」の論文で一躍注目される。
念願のMITウィーラー研究所に採用された彼は、アナリストとしての研究・講義に加えて、パーチャー(エド・ハリス)と名乗るペンタゴンの役人から、新聞・雑誌に隠されたソ連の暗号解読の極秘任務を与えられて超多忙な日々。やがて彼の講義の聴講生だった女性アリシア(ジェニファー・コネリー)と恋に落ちて結婚するものの、極秘任務のプレッシャーは強まるばかりで、ある日パニックを起こして収容された病院で、統合失調症と診断され・・・。
ノーベル経済学賞を受賞した実在の数学者ジョン・ナッシュの半生を描き、アカデミー作品・監督・脚色・女優助演賞を受賞した作品。原作はシルヴィア・ネイサーによるジョン・ナッシュの伝記、脚色は『ダ・ヴィンチ・コード』のアキヴァ・ゴールズマン、監督は『アポロ13』のロン・ハワードである。
統合失調症についてはよく分からないが(昔で言う精神分裂病?)、パーチャーはもちろんチャールズ(とその姪)までもが、妄想の中で彼が作り上げた幻覚だったとは驚き。映画の前半はスパイ映画もどきのサスペンスタッチで、これはこれで面白いがやや作り話めいていて、本作の見どころはやはり二人三脚で病に立ち向かう夫婦の姿。
ショック療法と投薬療法で小康を得るものの、あくまで数学者であるジョンは頭の働きが鈍る事を嫌い、勝手に投薬を止めたりして症状は一進一退。極秘任務の妄想がぶり返し、物置小屋一杯に張り巡らされた新聞雑誌の切り抜きをアリシアが発見するシーンは、ホラーなみに恐い。
アリシアの勧めとプリンストン大学の好意で、ジョンは母校の図書館に通うようになってようやく快方に向かう。幻覚は現れるもののそれを無視できるようになり、やがて大学で講義を受け持つまでに回復。そしてノーベル経済学賞の受賞が決まり、1994年12月、ストックホルムの受賞式でスピーチするジョンの目の前の客席には、40年間、彼を献身的に支え続けたアリシアの姿があった・・・。
助演女優賞を受賞したジェニファー・コネリーも良いけど、この映画は何と言ってもラッセル・クロウ。マッチョなローマ時代の剣闘士と精神を病んだ天才数学者の両方を演じられる俳優も珍しい。

https://www.youtube.com/watch?v=9wZM7CQY130
2019-06-26 : 映画 :

狐の呉れた赤ん坊

1945年/日本/85分・モノクロ
丸根賛太郎監督/阪東妻三郎、橘公子
★★★★★ ★★☆☆☆

東海道の大井川金谷宿に、酒と喧嘩にはめっぽう強い張子の寅八(阪東妻三郎)という川越人足がいた。いつも看板娘おとき(橘公子)のいる飲み屋で、馬方の丑五郎(光岡龍三郎)と張り合っている。寅八はある夜、街道に出没するという狐を退治に出かけて、狐が化けた赤ん坊を拾ってくる。ところがこれが本物の赤ん坊で寅八は途方にくれるが、善太と名付けて意地で育てているうちに情が移り、可愛くて仕方がなくなって・・・。
戦中戦後を跨いで製作され、敗戦直後の11月に封切られたという映画。映画館が全て焼けてしまい、市役所の広間で上映された町もあったらしい。監督の丸根賛太郎は1914年生まれ、旧制富山高校から京大へ進み日活京都に入社。1939年に片岡知恵蔵主演の『春秋一刀流』で監督デビューし、山中貞雄(戦死)の再来と呼ばれた人。
子育てのため酒を断ち、最早善太と別れて暮らすことなど考えられない寅八。餓鬼大将に育った善太(津川雅彦)が、大名行列を乱して捕らえられた時には、身代わりとして自らの命を差し出すほど。ところが、その善太が十万石の大名の御落胤と判り、城から迎えが来て・・・。チャールズ・チャップリンの『キッド』と似たようなプロットだが、阪妻の悲喜こもごもの演技はチャップリンにも負けていない。
時代劇だが、GHQのお達しによりチャンバラのシーンはなし。ようやく戦争が終わって、映画人たちの安堵と希望が伝わってくるような、明るくカラッとした人情コメディ。映画館に詰めかけた観客も、平和の有り難さを噛みしめたことだろう。

2019-06-19 : 映画 :

シャッター・アイランド

2009年/アメリカ/138分
マーティ・スコセッシ監督/レオナルド・ディカプリオ、マーク・ラファロ
★★★★★ ★★★☆☆

1954年、ボストン沖の孤島にある精神を病んだ犯罪者を収容するアッシュクリフ病院で、3人の我が子を殺したレイチェルという女性患者が行方不明になり、連邦保安官のテディ・ダニエルズ(レオナルド・ディカプリオ)とチャック(マーク・ラファロ)が捜査のためにフェリーで島に渡る。レイチェルの部屋からは「4の法則、67は誰?」と書かれた謎のメモが発見される。二人は早速事情聴取を始めるが、肝心のレイチェルの主治医シーハンは休暇中で不在、患者・看護人の全員が何かを隠している様子で、テディは不審を募らせる。
病院長のコーリー医師(ベン・キングスレー)によると、病院では投薬治療を推進する医師と、ロボトミー手術を主張する医師の2つのグループがあるとのこと(コーリーは投薬治療派)。またこの病院に収容されている患者は66名で、うち凶悪犯はC棟に隔離されていることが分かる。
捜査を進める中で、テディはチャックに島に来たもう一つの目的を明かす。テディの妻ドロレス(ミシェル・ウィリアムズ)は放火によって死亡し、その放火犯のレディスがC棟に収容されていると主張するのだが・・・。
折しもハリケーンが島を直撃し天候は大荒れで、レイチェルの生存は無理だろうと思われた矢先、彼女は何事もなかったように生還する。捜査はここで終了なのだが、悪天候でフェリーが出港できないことを幸い、テディはレディスを探して捜査を続行。しかし彼のカルテは無く、C棟にも彼はいない。島を捜索中、テディは崖の洞窟に潜む女性を見つける。彼女は医師のレイチェルと名乗り、この島の灯台では脳を破壊する恐るべき人体実験が行われており、その秘密を知ったために身を隠しているのだと話す。
相棒のチャックの姿が見当たらないので、テディは単身人体実験の事実を暴こうと灯台に乗り込むが、そこにいたのはコーリー医師とチャック。そしてそこで明かされた驚愕の真実とは・・・。
アメリカの小説家デニス・ルヘインによる同名小説を、巨匠マーティン・スコセッシ監督が映画化した、久しぶりに面白い本格ミステリー。テディは島に上陸してから幻覚と悪夢に悩まされていて、焼死した妻の亡霊、3人の子供たちの死、戦争中に見たナチス収容所での映像などが、繰り返し挿入される。
予備知識なしで何気なく見ていると途中までは完全にハメラレてしまうが、放火犯レディスの存在はテディの妄想?という辺りで、あ、もしかして、となるはず。とはいえエンディングの最後の台詞まで謎が楽しめる。
テディは実は2年前からこの病院に収容されている患者で、本名はアンドリュー・レディス。保安官テディ(エドワード)・ダニエルスは、レディスが作り上げた別人格に過ぎない。EDWARD DANIELSとANDREW LEDDISはアナグラムであり、行方不明のRACHEL SOLANDOと妻のDOLORES CHANALもまたアナグラム。これがメモの4の法則の答えというわけ。また67人目の患者はレディス自身に他ならない。
レディスは、軍隊時代にナチスのダッハウ収容所の開放に立ち会っており、そこで無抵抗のナチス親衛隊員を大勢射殺したのだった。戦後そのトラウマから彼はアルコール依存症に陥り、また連邦保安官の仕事に没頭して妻と家庭を顧みなかったため、妻のドロレスは次第に精神を病み、自宅に放火してしまう。そのため一家は湖の近くの家へ引っ越すのだが、そこで惨劇が起こる。
精神に異常をきたした妻は3人の子供を湖で溺死させ、錯乱した妻をレディスは射殺したのだった。その悲惨な事実と子供たちを助けられなかった悔恨に耐えきれず、レディスは「妻は焼死した」という妄想の世界に入り込み、病院に収容されたのだった。
連邦保安官としてのレディスの島での行動は、あえて彼に妄想通りの役割を与えて現実との矛盾に気付かせようと仕組んだ、コーリー医師による治療の一環であり、チャックの役を務めたのが担当医のシーハンだったのだ。そしてこの治療の結果、彼はテディではなくレディスであり、妻を殺して病院に収容された患者であることを明確に認識する。この覚醒は本物だと思われたが・・・。
そして問題のエンディング。ある日、レディスはシーハン医師に「島を出よう、チャック」と声をかける。それはテディの人格に戻ったことを意味するが、続いて「どっちがいいんだろう? モンスターのまま生きるか、善人として死ぬか」と呟く。
このまま治癒したとされれば、レディスはこれから妻殺しのモンスターとして生きることになる。そのことに耐えられない彼は、ロボトミー手術による全ての意識と記憶の死を望んだ。そこでシーハンに対して、妄想の世界に戻った「芝居」をしたと考えるのが、最も素直な解釈なのだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=C2QHD98f-wg
2019-06-18 : 映画 :

カンパニー・メン

2010年/アメリカ/104分
ジョン・ウェルズ監督/ベン・アフレック、トミー・リー・ジョーンズ
★★★★★ ★☆☆☆☆

アメリカ映画のビジネスものの舞台といえば、昔は広告会社やマスコミ、最近はウォール街と相場が決まっていたが、この映画は珍しく重厚長大複合企業が舞台。リーマンショック後の不況にあえぐGTX社は造船部門の大規模なリストラを敢行し、37才の販売部長ボビー・ウォーカー(ベン・アフレック)はあっさり首を切られる。彼は大邸宅に妻のマギー(ローズマリー・デウィット)と子供二人と住み、ポルシェでゴルフ通いという贅沢な生活を送っていたからタイヘン。
MBA資格を持ち、キャリアも十分だと自負するボビーだったが、いざ再就職活動を始めて見ると不採用の連続。解雇手当も底を尽き、ポルシェも家も売りに出し、妻は働きに出、ローンの支払いが滞り、と進退窮まった彼は、これまで何となく見下していた小さな工務店を経営する義兄のジャック(ケヴィン・コスナー)に、働かせて欲しいと頭を下げ・・・。
ジョン・ウェルズ監督の長編デビュー作である。サラリーマンにとっては極めて現実的で深刻な問題設定なので、あまり面白可笑しくするわけにもいかず、何より家族の協力と、どんな仕事であれ働く意欲こそが大切という、56才の監督らしい真面目な主張に落ち着く。株主偏重、従業員軽視、法外な社長報酬などが俎上に乗せられ、金融至上主義に対する疑義、物作りの価値の見直しが語られる。
同じくリストラされたGTX社の元副社長のジーン(トミー・リー・ジョーンズ)に誘われて、「先は読めないが、チャンスはあると思うよ」というほろ苦い再出発のシーンで映画は終わるが、アメリカの製造業の不安をこんなに真っ正直に描いた映画は珍しい。日本の製造業も、10年後にはどうなることやら。

https://www.youtube.com/watch?v=GrqP3l9iZnc
2019-06-16 : 映画 :

幸せへのキセキ

2011年/アメリカ/124分
キャメロン・クロウ監督/マット・デイモン、スカーレット・ヨハンソン
★★★★★ ★☆☆☆☆

ロサンゼルスの新聞社でコラムニストとして働くベンジャミン・ミー(マット・デイモン)は、半年前に最愛の妻を亡くしたショックから立ち直れないでいる。14歳の息子ディラン(コリン・フォード)はたびたび学校で問題を起こして挙げ句に退学処分になり、7歳の娘ロージー(マギー・エリザベス・ジョーンズ)は母の思い出に浸っている。このままでは家族みんながダメになってしまうと感じたベンジャミンは会社を退職。郊外へ転居して心機一転やりなおそうと思い立つ。そして彼が気に入った住宅は、閉鎖中の動物園とセットの売り物だった・・・。
ベンジャミン・ミーの回顧録を、『あの頃ペニー・レインと』のキャメロン・クロウが映画化。実話をもとにしたハナシというのが信じられない、ウソのような本当のハナシ。
動物たちに大喜びのロージーを見て、ベンジャミンはこの動物園の再建に取り組む決心をする。動物園に残っていた飼育員チームのリーダーのケリー(スカーレット・ヨハンソン)は、素人に動物園の経営は無理だと警告するが、ベンジャミンの決心は変わらず、飼育員と力を合わせて半年後の開園を目指して動き出す。しかし次々に難問が噴出。資金は不足し、息子はますます反抗的になり、蛇が逃げ出し、熊と一対一になり、ライオンの檻の鍵が壊れ、虎は老衰で死にかけて・・・。
登場人物は良い人ばかり、息子とはいつの間にか和解し(ちょっと拍子抜けだけど)、アメリカ映画らしいハッピーエンドで、家族で見れば幸せな気分。

https://www.youtube.com/watch?v=Krh1koDU2uE
2019-06-16 : 映画 :

フレンジー 

1972年/イギリス・アメリカ/117分
アルフレッド・ヒッチコック監督/ジョン・フィンチ、バリー・フォスター
★★★★★ ★★☆☆☆

ネクタイで女性が絞殺される事件が相次ぐロンドン。市場で果物店を営むラスク(バリー・フォスター)は、小さな結婚相談所を経営する女性ブレンダ(バーバラ・リー・ハント)に目を付け、秘書の外出時を狙ってその事務所を訪れ、彼女を強姦しネクタイで絞殺する。その直後、ブレンダの離婚した元夫のブレイニー(ジョン・フィンチ)が事務所にやってくるが、応答がないため引き返す。その姿が外出から帰る秘書に目撃されていたため、容疑者としてブレイニーが指名手配される。
ラスクは続いてブレイニーの恋人のバブス(アンア・マッセイ)を絞殺し、死体を裸にして市場のトラックの荷台に放り込む。ラスクとブレイニーは同じ町内の顔見知りで、ラスクは逃亡中のブレイニーを匿ってやると騙して自宅に誘い、彼のカバンにバブスの服や靴を入れて警察に通報。ブレイニーは逮捕されて終身刑の判決を受けるが、捜査に当たったオックスフォード警部(アレック・マッコーエン)には一抹の疑念が・・・。
『鳥(1963年)』以降やや低迷していた73才のアルフレッド・ヒッチコック監督が、生まれ故郷のロンドンに帰って撮った映画。原作はアーサー・ラ・バーンの同名小説、脚色は『探偵スルース』のアンソニー・シェイファーである。
いつも大スターを起用して話題をさらったハリウッド時代から一転、地味なキャスティングでスリラー映画の原点に立ち返ったような作品で、ロンドンの下町や市場の風景をふんだんに取り入れ、ヒッチコック監督自身、映画作りを楽しんでいるように思える。
犯人が最初から分かっている展開だが、表面は親切で陽気な男が実はマザコンでサディストという犯人像が、終始緊張感をもたらす。その絞殺シーンはヒッチコック映画でもっとも露骨で残忍。かと思えば、秘書が死体を発見する時は秘書の悲鳴だけを聞かせ、第2の殺人がこれから起こると思わせながらカメラはあえて建物の外を映し出すなど、ヒッチコック・タッチも健在だ。
さらに夜道を走行中のトラックの荷台で、ラスクが芋袋に隠したバブスの死体を引きずり出し手の指を一本一本折って握られたネクタイピンを回収する陰惨なシーンには、ブラックなユーモアも漂う。警部が毎夜、奥さん得意の珍妙なフランス料理に辟易するするさまも可笑しく、緊張と緩和のバランスが絶妙である。

https://www.youtube.com/watch?v=As0nPLCMU7g
2019-06-14 : 映画 :

暴力脱獄

1967年/アメリカ/126分
スチュアート・ローゼンバーグ監督/ポール・ニューマン、ジョージ・ケネディ
★★★★★ ★★☆☆☆

ルーク・ジャクソン(ポール・ニューマン)は、パーキング・メーターを壊して2年の実刑をくらった変わり者。収監されたフロリダ刑務所では、早速牢名主のドラグライン(ジョージ・ケネディ、アカデミー男優助演賞を受賞)に目を付けられてこっぴどく殴られるが、不屈の闘志で立ち向かって相手を呆れさせる。彼はその型破りで恐れを知らない言動によって、次第にドラグラインを含めた全ての囚人たちの尊敬と人望を集める。それは同時に、所長や看守たちの彼に対する警戒と敵意を強めることになる。
刑期明け間近になってルークの母親が死亡し、脱獄を恐れた所長は彼を懲罰小屋へ。反骨心に火が付いた彼は脱獄。捕まって足枷をかけられてもまた脱獄。所長と看守の懲罰と苛めは陰惨を極め、ついにルークも観念したようだと油断させておいて、三度目の脱獄。囚人も観客もルークの味方で、彼の脱獄に拍手を送るが・・・。
過去にフロリダ刑務所に収監された経験があるというドン・ピアースの小説「Cool Hand Luke」を、スチュアート・ローゼンバーグ監督が映画化。1960年代後半のアメリカの反権力・反体制の気分が満ちあふれた映画である。
看守たちの銃に囲まれながら、炎天下で雑草を刈り、溝を掘り、道路を補修する囚人たち。そんな苦役の毎日の中で、ルークは賭けでゆで卵を50個たいらげたり、同じやるなら重労働を楽しくやろうぜと仲間を鼓舞したり、とさまざまな伝説を生み出す。さらには、どんなに痛めつけられても脱走を繰り返すルークは、囚人たちのヒーロー、希望の星となる。
そんなルークをキリストになぞらえたり(それらしい表現は確かにある)、この映画は個の存在の優越を説く実存主義映画だ、などと巷は騒々しいようだが、まぁ、あまり深読みすることもないだろう。
ルークは、社会の規範に収まりきらないはみ出し者であり、教会で神さまに愚痴る無神論者であり、いつも含み笑いをしているストイックなニヒリストなのだ。彼は実に魅力的な男であり、演じるポール・ニューマンはキリストよりも格好イイのである。

https://www.youtube.com/watch?v=ofxtDrRVQY4
2019-06-14 : 映画 :

ベルリン・天使の詩

1987年/フランス・西ドイツ/127分
ヴィム・ヴェンダース監督/ブルーノ・ガンツ、ソルヴェーグ・ドマルタン
★★★★★ ★★☆☆☆

天使のダミエル(ブルーノ・ガンツ)はベルリンの街に住む人々の生活を見守っている。彼は人々の心も読めるのだが、その姿は人々からは見えず(子供と盲人には見えるようだ)、人々と意志の疎通を図ることはできない。ところが撮影のためにベルリンに来ているアメリカの映画俳優のピーター・フォーク(本人)だけは、ダミエルの気配を感じると言い、こちら側においでよと誘う。彼はもと天使だったのか?
ある日、サーカス小屋のブランコ乗りの美しい女性マリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)を見て恋に落ちたダミエルは、友人の天使カシエル(オットー・ザンダー)に人間になりたいと打ち明ける。それは天使としての永遠の命を棄てることに他ならないが、彼の決心は変わらない。カシエルの腕の中で死んだダミエルがベルリンの壁の側で目を覚ますと、これまでモノクロだった世界は色彩に溢れていて・・・。
ヴィム・ヴェンダース監督が故国ドイツに帰り、詩人のペーター・ハントケと共同で脚本を書き、撮影監督に『美女と野獣』『ローマの休日』の大御所アンリ・アルカンを招いて撮った作品で、カンヌ国際映画祭の監督賞受賞作である。
ハントケの詩で始まるこの映画は、何やら難解そうに見えるけど、実は易しく優しいファンタジーだ。天使が見つめるベルリンの街は戦争の爪痕が残り、壁によって二つに分断されている。語り部のホメロス老人(クルト・ボイス)は、戦争の惨禍の写真を見ながら「勇壮な戦士や王が主人公の物語ではなく、平和な者のみが主人公の物語・・だれひとり平和の叙事詩をまだうまく物語れないでいる」と呟く。しかし戦争は終わった。下町の庶民の生活は貧しくトラブルや悩みも多いが、喜びや希望もあり、元気な子供がいて平凡だが確かな日常の営みがある。
そんな人々を傍観するだけの天使に嫌気がさし、永遠の命を捨てても人間として生きることを選んだダミエルは、マリオンとの出会いを果たし永遠の愛を誓う。人間として生きることの素晴らしさ謳ったったこの映画は、「平和の叙事詩」の先駆けなのかも知れない。ベルリンの壁が崩壊したのは、この3年後のことである。

https://www.youtube.com/watch?v=IPMK9nAIt1s
2019-06-12 : 映画 :

時計じかけのオレンジ

1971年/イギリス/137分
スタンリー・キューブリック監督/マルコム・マクダウェル、パトリック・マギー
★★★★★ ★★★★☆

近未来、全体主義下の荒廃したロンドン。アレックス(マルコム・マクダウェル)をリーダーとする不良少年4人組“ドルーグ”は、夜毎街に繰り出し悪事を重ねている。ホームレスの老人を半殺しにし、女性を強姦している他の不良グループを打ちのめし、作家(パトリック・マギー)の家に押し入って夫に暴力を振るい、妻をレイプするといった具合(妻は自殺、作家は下半身不随となる)。そんなある夜、アレックスは侵入した家の女性を撲殺し、仲間は逃亡して彼だけが捕まってしまう。
14年の実刑判決を受けたアレックスは刑務所で模範囚として過ごし、刑期短縮と引き換えに、政府主導の実験的な更正治療“ルドヴィコ療法”を受けることを志願。拘束服で椅子に固定され目を見開かされたまま、残虐映像をただひたすら見続けることを強要されるというもので、BGMは皮肉なことに彼が愛してやまないベートーベンの第九である。その結果、アレックスは暴力・レイプ・ベートーベンに対して著しい拒絶反応を示すようになり、治療は成功したとされて出所。しかしそれは意志とは関係ない単に生理的反応に過ぎず、自ら選択した善ではない故に真の更正とはほど遠いのだが・・・。
イギリスの作家アンソニー・バージェスの小説を、スタンリー・キューブリック監督が映画化。過激な暴力・性描写によって、政治家を含めた論争を巻き起こしながらも大ヒットした作品。アカデミー作品・監督・脚色・編集賞にもノミネートされた(受賞はならず)。
出所したアレックスは、今や弱々しい一人の少年に過ぎない。両親には敬遠され、街ではホームレスに袋だたきにされ、かつての仲間のリンチを受ける。半死半生で辿り着いた家があの作家の家。反政府組織に属している作家は、アレックスを自殺に追い込んで“ルドヴィコ療法”の失敗を理由に政府を追い込もうと、彼に第九を大音響で聴かせる。猛烈な吐き気に襲われた彼は耐えられずに自殺を試みるが・・・。
公開から50年経っても全く色褪せない、新しい感覚にあふれた映画。不良少年たちが話す“ナッドサット語”は今流行りの若者言葉のようだし、彼らのコスチュームも片目だけの付け睫毛もファッションのようだ。彼らがたむろするのはポップなアート感覚のミルクバー(ドラッグ入りミルクを飲ませる)。近未来とされた世界観のすべてが、50年後の今こそがその時代と思わせるほど。キューブリック監督は、「暴力の蔓延」と「権力による人間のロボット化」という二つの視点で、近未来社会の危機を描き、予言したと言えそうだ。
その暴力描写は単に過激なだけではなく、アレックスは「雨に唄えば」を歌いながら踊るように作家を蹴り続け、女性の顔を潰すのは男根をかたどった巨大なオブジェ・・といった風に、暴力の快楽を極端にカリカチュアしたもので、今日の快楽殺人、無差別殺人を想起させる。
また権力にとって不都合な人間を洗脳し、“時計仕掛けのオレンジ”人間を製造してしまう社会の恐ろしさもまた、形は違えども一部で進行しつつあるのではないか?(それはジョージ・オーウェルの「1984年」や、フランソワ・トリュフォーの『華氏451』にも通じるものだ。)
それにしても皮肉と風刺とブラックユーモアてんこ盛りの本作品の表現は痛烈すぎたというべきか。映画を模倣したような殺人事件や暴力事件が相次いで社会問題化し、本作はイギリスでは上映禁止に追い込まれてしまった。アレックスが自殺未遂のショック?から洗脳が解け、嬉々としてセックスに励んでいるというエンディングはさすがにキューブリックで、僕は嫌いじゃないけどもね。

https://www.youtube.com/watch?v=vN-1Mup0UI0
2019-06-11 : 映画 :

キッド

1921年/アメリカ/53分・モノクロ
チャールズ・チャップリン監督/チャールズ・チャップリン、ジャッキー・クーガン
★★★★★ ★★☆☆☆

恋人にふられて途方にくれた女性(エドナ・パーヴァイアンス)が、産まれたばかりの赤ん坊を街角に置き去りにする。通りかかった浮浪者チャーリー(チャールズ・チャップリン)が、すったもんだの末に仕方なく自宅に連れて帰り、懸命に子育て。5年後、チャーリーとキッド少年(ジャッキー・クーガン)は、貧しいながらも幸せに暮らしている。キッドが割った窓ガラスを、ガラス屋のチャーリーが直すことで生計を立てている。キッドを捨てた女性はその後オペラ歌手として成功し、慈善活動でキッドにも玩具を与えるのだが、彼が自分の子だとは知る由もない。ある日チャーリーが病気になったために、孤児院の職員がキッドを引き取りに来る。キッドはチャーリーと別れたくないと泣き叫ぶが・・・。
31才のチャールズ・チャップリンが製作・監督・脚本・音楽・主演を務め、アメリカで大ヒットしたサイレント映画。「笑いと、たぶん涙の物語」の字幕の通り、単なるドタバタ喜劇とは一線を画し、笑いの中にもたくましい生活力や、微笑ましくもしみじみとした親子愛が描かれる。子役ジャッキー・クーガンの愛らしさは特筆モノだ。
両親が離婚して極貧の中で育ち、5歳から舞台に立って家計を支え、母が精神を病んで施設に入ってからは孤児院を転々としたという「キッド」時代を送ったチャップリンにしてみれば、この映画は必然の作品だったのだろう。舞台となる下町も、いくつかのエピソードも、彼の記憶の中の風景なのに違いない。
そしてあのハッピーエンドにはチャップリンの人生の願望が込められていると同時に、同じ境遇の子供たちへの応援歌でもある。彼にはあれ以外のエンディングは考えられなかったのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=UBX2Yy2dqg4
2019-06-10 : 映画 :

ゼロ・ダーク・サーティ

2012年/アメリカ/157分
キャスリン・ビグロー監督/ジェシカ・チャスティン、ジェイソン・クラーク
★★★★★ ★★★☆☆

CIA分析官のマヤ(ジェシカ・チャスティン)はパキスタン支局に配属され、同僚のダン(ジェイソン・クラーク)やジェシカ(ジェニファー・イーリー)らと共に、9.11テロの首謀者と目されるオサマ・ビンラディンの情報収集にあたる。アルカイダの資金調達者とされるアマールに対する尋問・拷問の結果、ビンラディンとの連絡係としてアブ・アフメドという人物の名前が浮かぶが、支局長ジョゼフ(カイル・チャンドラー)はその実在を疑う。その間にも、サウジアラビアで外国人を狙ったテロ(2004年5月)、ロンドンで地下鉄・バス爆破テロ(2005年7月)、イスラマバードのマリオットホテル爆破テロ(2008年9月)とテロが相次ぎ、さらには2009年12月、アルカイダの医師バラウィと接触するためにアフガニスタンのチャップマン基地に向かったジェシカが、バラウィの自爆テロにより犠牲となる。
ひたすらアブ・アフメドを追い続けたマヤの執念が実り、膨大な情報の解析から彼の本名が判明。ダンがクウェートに飛んで彼の親族の電話番号を特定して盗聴を続けた結果、アフメドはイスラマバード在住であることが判る。そしてCIA特殊部隊のラリー(エドガー・ラミレス)がアフメドの白い車を発見、その追跡から彼がアボッターバードの豪邸に出入りしていることが確認される。その豪邸こそがビンラディンの潜伏先だと確信するマヤは、CIA本部の上司ジョージ(マーク・ストロング)に強く意見具申するが・・・。
監督は前作『ハート・ロッカー』で史上初の女性アカデミー監督賞受賞者となったキャスリン・ビグロー。映画の公開にあたってオバマ大統領再選のためのプロパガンダだという指摘がなされたため、公開日が当初予定された大統領選前から選挙後に延期され、さらにはCIAによる機密漏洩や、拷問手法の真偽についても政治的な問題となった曰く付きの作品。
いきなり拷問シーンで始まるこの映画、観客としてはどこまでが事実でどこからがフィクションなのか判断のしようがないのだが、本作品が、終始緊迫感に富み、展開は極めてリアルで説得力があり、CIA局員の使命感も十分に伝わる、極上のサスペンス映画であることは否定のしようがない。
潜伏する人物がビンラディンだという確証が得られないため、突入作戦の実行までには4ヶ月以上の時が流れる。ビンラディンである確率は、マヤ以外の上級スタッフはせいぜい60%だ。しかしCIA長官(ジェームズ・ガンドルフィーニ)はついに大統領への上申を決断。さすがにオバマ大統領役は映画に登場せず、最終命令がどのような過程を経て下されたのかは描かれない。
クライマックスは、2011年5月1日に実行されたネイビーシールズによる突入作戦(ネプチューン・スピア作戦)。女子供が泣き叫ぶ中での問答無用の射殺。生け捕りは最初から想定していなかったようで、「アメリカ軍って凄いね」としか感想を持ち得ず、これはプロパガンダだと言われれば認めるしかない。

https://www.youtube.com/watch?v=gI7TxhnzXrU
2019-06-07 : 映画 :

北北西に進路を取れ

1959年/アメリカ/136分
アルフレッド・ヒッチコック監督/ケーリー・グラント、エヴァ・マリー・セイント
★★★★★ ★☆☆☆☆

広告会社の重役ロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)は、ホテルのロビーで男二人に拉致され、ある豪邸へ連れて行かれる。タウンゼントと名乗る邸の主人は、ソーンヒルを「スパイのキャプラン」と信じ込んでいて情報を出せと迫るが、彼には何のことだかサッパリ分からない。彼は酒をしこたま飲まされて車ごと崖から落とされそうになり、何とか危機を脱するものの酔っ払い運転でブタ箱入り。
釈放されたソーンヒルはキャプランの正体を探ろうとホテルの部屋を調べるが、宿泊の形跡はあるものの誰もキャプランの姿を見ていない。次いで国連本部にいるはずのタウンゼントを訪ねると、現れた男は全くの別人。二人の会話中にタウンゼントの背中にナイフが突き刺さり、その写真がデカデカと新聞に載って、ソーンヒルは殺人犯として指名手配され・・・。
アルフレッド・ヒッチコック絶頂期の監督作品。脚本アーネスト・レーマン、音楽バーナード・ハーマンと、こちらもハリウッドの売れっ子揃い。
その後もキャプランを追い続けるソーンヒルは、美女イヴ・ケンドール(エヴァ・マリー・セイント)と懇ろになり、農薬散布飛行機から銃撃を受け、オークション会場で騒ぎを起こし、ケンドールに拳銃で撃たれ、最後はラシュモア山の大統領モニュメントの岸壁に追いつめられ・・・。
ヒッチコックお得意の「人違い・巻き込まれ型」の決定版で淀長さん絶賛の映画だが、改めて観直してみるとさすがに古くさく、サスペンスとしてはいかにも物足りない。ストーリーはファンタジーに近い絵空事。主人公はタフでハンサムで、機転が利き行動力に富み女にもてるという“こんな奴おらんやろ”レベル。この底抜けのオプティミズムと無邪気さは、今日的にはやはりシンドイ。エヴァ・マリー・セイントは魅力的だけどね。

https://www.youtube.com/watch?v=ek7T9Gyl_J4
2019-06-04 : 映画 :

湖のほとりで

2007年/イタリア/95分
アンドレア・モライヨーリ監督/トニ・セルヴィッロ、ヴァレリア・ゴリノ
★★★★★ ★★☆☆☆

北イタリアの小さな村の美しい湖のほとりで、美少女アンナ(アレッシア・ピオヴァン)の全裸死体が発見される。彼女はつい最近までアイスホッケー選手として活躍していた生気に溢れた少女だった。村に越してきたばかりの初老の刑事サンツィオ(トニ・セルヴィッロ)が捜査を始め、痴情関係の線から、湖の近くに住む知的障害者の男マリオ、彼女の恋人を自称する工員ロベルト(デニス・ファゾーロ)、アンナのベビーシッター先の父親カナーリ(ファブリツィオ・ジフーニ)、アイスホッケーチームのコーチなどが捜査線上に浮かぶが・・・。
ノルウェーの作家カリン・フォッスムの小説を、イタリアのアンドレア・モライヨーリ監督が映画化。モライヨーリは、『息子の部屋』などでナンニ・モレッティ監督の助監督を長く務めていた人で、監督デビューの本作でイタリアの映画賞を総なめにした。
検屍の結果アンナが処女だったこと、さらに彼女は脳腫瘍を患い余命幾ばくもなかったことが判明して捜査は行き詰まる。映画の焦点は犯人捜しよりも、この村に住む人びとが抱える葛藤や確執、苦しみや哀しみに移ってゆく。アンナばかりを偏愛する父親と異母姉との家庭不和、憎み合う知的障害者の息子とその父親、ろくに働こうとしない工員に不満の母親・・それぞれの家庭の事情が露わになってくる。
そしてアンナがベビーシッターとして溺愛していた3才の幼児アンジェロが不慮の事故で死亡し、それ以来アンナはカリーナにしつこく付きまとっていたことが分かる。刑事の追及にカナーリは、アンナが一方的に言い寄ってきたと述べるのだが・・・。
アンジェロもまた障害児で、昼夜を問わず泣き叫ぶ子の育児にカリーナも妻も疲労困憊していた。そんなアンジェロがビスケットを喉に詰まらせて苦しんでいた時に、一体何が起きたのか? その時アンナは?
非常に地味で静かな映画で盛り上がりに欠けるきらいはあるが、人はみな問題を抱えながら生きているという、昔のイタリアン・リアリズムを思い出させるところもあって、なかなか味わい深い映画。サンツィオ刑事の妻もまた進行性痴呆症を患っていて、娘にそんな母の姿を見せられないと考えていたのだが、事件が解決して、ようやく彼は娘と一緒に施設を訪れる決心をする。

https://www.youtube.com/watch?v=3Lxx0cGIVZY
2019-06-04 : 映画 :

女神の見えざる手

2016年/アメリカ/132分
ジョン・マッデン監督/ジェシカ・チャスティン、マーク・ストロング
★★★★★ ★★★☆☆

大手ロビー会社コール=クラヴィッツ&ウォーターマンに勤める敏腕ロビイストのエリザベス・スローン(ジェシカ・チャスティン)は、新たな銃規制法案に反対するロビー活動を銃擁護団体の代表者から依頼されるが、彼女はそのオファーを一蹴する。その噂を聞きつけた小さなロビー会社ピーターソン・ワイアットのシュミット(マーク・ストロング)が、法案を通すために働いて欲しいともちかける。
翌日、彼女はチームの部下を引き連れてシュミットの会社へ移籍。彼女が信頼する子飼いの部下ジェーン(アリソン・ピル)が古巣に残り、付いてこなかったのは誤算だったが・・・。
『恋におちたシェイクスピア』『ペイド・バック』のジョン・マッデン監督作品。見事な脚本は、弁護士出身のジョナサン・ペレラで本作が初の映画作品とのこと。
典型的なワーカホリックで、ほとんど眠らず(薬で眠気払い)、エスコートサービスでセックス処理をするエリザベスは、新チームを率いて猛然と行動を開始。豊富な資金力に物を言わせるC=K&Wに対してアイディアと情報力で勝負を挑み、中間派の議員の争奪戦に挑む。奇襲をかけ、味方にも手の内を見せず、常に表と裏を同時に動かすエリザベスの動きは相手にとって予測不可能。一人でフェミニスト団体などから1500万ドルの寄付を集め、部下のエズメ(ググ・バサ=ロー)が高校銃乱射事件の生存者であったことを知ると、彼女を強引にテレビ出演させて銃規制派の顔に仕立て上げ、世論を味方につけて序盤は有利に展開する。
ところが思いもかけぬ事件が発生。エズメが法案反対の男に銃で殺されかかり、たまたまそれを目撃した一般人が男を銃で射殺。図らずも銃の所持が正当化されてしまって、状況は暗転する。
さらにエリザベスのロビー活動にとどめを刺そうと、C=K&Wは彼女の失点・弱点を探すことに全力を挙げ、終に彼女が過去の案件で、上院倫理規定違反の書類にサインしていることをジェーンが発見。C=K&Wのデュポン(サム・ウォーターストン)は、スパークリング上院議員(ジョン・リスゴー)を抱き込み、聴聞会を開いてエリザベスを召還するよう仕向けるが・・・。
映画はこの聴聞会のシーンで始まり、3ヶ月前に遡ってそれまでの両陣営の戦いの経緯が描かれるのだが、マッデン監督はエリザベスの非人間的とも思われる仕事ぶりを描きながら(彼女はチームの全員に監視を付けていた)、巧みに大逆転への伏線を配していく。
いよいよ聴聞会はクライマックスへ。倫理規定違反の証拠書類が出され、エリザベスの命運も尽きたと思われた時、真っ赤な口紅の彼女はおもむろに口を開く。「ロビー活動は予見すること、敵が切り札使った後、自分の札を出す」の言葉通り、ジェーンは彼女が古巣に残した密偵であり、倫理規定違反の書類は彼女の撒き餌だったことが明らかになる。そして最後に「次のアドレスを入力し、“激震”のファイルをダウンロードして下さい」と締めくくる。そのファイルには・・・このラスト20分間のカタルシスは相当のものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=WxGc__LCTWg
2019-06-02 : 映画 :

地上より永遠に

1953年/アメリカ/118分・モノクロ
フレッド・ジンネマン監督/モンゴメリー・クリフト、バート・ランカスター
★★★★★ ★☆☆☆☆

1941年の夏、ハワイ・オアフ島の米軍基地G中隊にラッパ手のプルー(モンゴメリー・クリフト)が転属してくる。中隊長のホームズ(フィリップ・オーバー)は、かつて隊のチャンピオンだったプルーをボクシング部に誘うが、過去に親友を失明させてボクシングを封印している彼は、誘いを頑なに拒否。中隊のまとめ役ウォーデン曹長(バート・ランカスター)の助言にも耳を貸さず、頑固一徹のプルーは隊で孤立し上官から執拗な虐待を受ける。
当時のハワイは未だ戦争の気配はなく、隊の空気は至極ノンビリしたもの。プルーは唯一人の友人のマジオ(フランク・シナトラ、助演男優賞)と出かけた慰安所で、女給のロリーン(ドナ・リード、助演女優賞)と出会い恋に落ちる。おまけに夫婦仲が破綻している中隊長の妻カレン(デボラ・カー)は、よりによって夫の部下のウォーデンと不倫関係に・・・。
ジェームズ・ジョーンズのベストセラー小説を、『真昼の決闘』の名匠フレッド・ジンネマンが映画化。戦争前夜のハワイを舞台に米軍内部の腐敗を描き、アカデミー賞の作品・監督・助演男優・助演女優賞など8部門を受賞した作品。
中隊長は無能、その妻は下士官と不倫、上官は兵を虐待し、兵は任務中に泥酔し・・・と、米軍内部はグダグダ。営倉入りとなったマジオは、因縁の相手ジャドソン(アーネスト・ボーグナイン)に痛めつけられて殺され、怒ったプルーがナイフで決闘の末にジャドソンを殺しロリーンに匿われる。折しも日本軍の真珠湾攻撃が始まり、プルーは隊に戻るところを警備兵に射殺されて・・・。マジオの死もプルーの死も全くの無意味な死で、アメリカ映画には珍しくヒーロー不在の戦争映画、というより戦時メロドラマというべきか。
今一つピンと来ない映画だったけど、米軍を舞台にこんな映画が作られ、しかもアカデミー賞を総なめにしたというのは、終戦から8年後で未だ朝鮮戦争中というあの時期、アメリカにもかなり厭戦気分が拡がっていたということか?

https://www.youtube.com/watch?v=NiTje59-yhk
2019-06-02 : 映画 :

弾丸を噛め

1975年/アメリカ/133分
リチャード・ブルックス監督/ジーン・ハックマン、ジェームズ・コバーン
★★★★★ ★☆☆☆☆

1908年、新聞社が主催する2000ドルの賞金をかけた西部横断レースが開かれる。乗馬によって700マイル(1120キロ)の砂漠を6日半かけて踏破するというもの。指定されたチェックポイントさえ通過すればあとはすべて自由というルールで、馬と人の体力、乗馬の技術、砂漠踏破の経験、コース予測やトラブル回避の頭脳が要求される過酷なレースだ。
カウボーイのクレイトン(ジーン・ハックマン)、賞金稼ぎのマシューズ(ジェームズ・コバーン)、老カウボーイのミスター(ベン・ジョンソン)、イギリス紳士のノーフォーク卿(イアン・バネン)、紅一点のケイト(キャンディス・バーゲン)ら8人の男女がスタートするが・・・。
『冷血』『エルマー・ガントリー』『熱いトタン屋根の猫』のリチャード・ブルックス監督作品。1908年といえば、すでに西部開拓時代は終わりを告げ、もちろん鉄道は走り、新聞記者はオートバイを駆使して取材という時代。
興味深い舞台設定、錚々たる出演陣による群像劇だと期待して観たが、残念ながらやや期待はずれ。途中で虫歯が痛み出し、盗賊に襲われ、道に迷い、馬を乗り潰し、老カウボーイが死亡し、ケイトが恋人と逃亡し・・・とエピソードを詰め込みすぎて、肝心なレース展開は誰が勝ってるのやら負けてるのやら。
全体に流れる西部開拓時代への郷愁(馬に対する愛情、男同士の友情、世代の断絶、老カウボーイの悲哀など)はよく分かるのだが、何だかとりとめのない印象。

https://www.youtube.com/watch?v=OfH9MIJJkuE
2019-06-01 : 映画 :

緋文字(1973年)

1973年/西ドイツ・スペイン/90分
ヴィム・ヴェンダース監督/センタ・バーガー、イェラ・ロットレンダー
★★★★★ ☆☆☆☆☆

17世紀のニューイングランドは、すべてが聖書に基づいて統治される神政政治による社会だった。大西洋に面したあるピューリタンの村で魔女裁判が開かれ、広場のさらし台に一人の若く美しい女性が立たされている。その胸には真紅の刺繍で「A」の文字。そしてその女性をじっと見つめる一人の旅人がいた・・・。
ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダース監督の最初期の作品。ヴェンダース監督が27歳の時に撮ったこの映画はその後の彼の作風とは全く異質だし、アメリカという国に執心した監督とはいえ、何故こんな17世紀が舞台の地味な文学作品を題材に選んだのかよく分からない。
緋文字の女性はオランダから一人移住してきたヘスター・プリン(センタ・バーガー)。旅人はヘスターを追って新大陸へ来た彼女の夫で医師のチリングワース(ハンス・クリスチャン・ブレヒ)。ヘスターはこの地で姦淫の罪を犯し娘パールを出産したが、彼女は不義の相手の名前は決して明かさず、罪の印「A(Adultery=姦通)」の緋文字を胸に抱きながら、厳しいピューリタン社会をパール(イエラ・ロットレンダー)と共に気丈に生きていくが・・・。
文学作品の映画化というのはやっぱり難しい。既読者にとってはすでに出来上がったイメージがあるわけだし、そのハードルを越えるのは並大抵ではない。個人的には、小説と映画のギャップは残念ながら大きくて、冒頭、ヘスター・プリンがさらし台に立つシーンが小説では極めて鮮烈で印象的だったが、映画ではそれほどでもなかった。
もっともヴェンダース監督自身が本作は気に入っていないようで、以後は歴史モノは撮っていない。ヴェンダース監督の本格的キャリアが始まるのは、本作でパールを演じた子役イェラ・ロットレンダーを起用して、次作『都会のアリス』を撮ってからだ。

https://www.youtube.com/watch?v=LxMtDMuCbKs&t=42s
2019-06-01 : 映画 :

ブルーム・オブ・イエスタディ

2016年/ドイツ・オーストリア/126分
クリス・クラウス監督/ラース・アイディンガー、アデル・エネル
★★★★★ ★★☆☆☆

ドイツ・シュトゥットガルト。ナチス親衛隊の大佐を祖父にもつトト(ラース・アイディンガー)は、身内の罪を告発する著書を出版し、またホロコースト研究所において「アウシュビッツ会議」の開催の準備に没頭していた。しかしそのリーダーの地位を同僚のバルタザール(ヤン・ヨーゼフ・リーファース)に奪われ、そのうえフランスからの研究生ザジ(アデル・エネル)の世話係を任されてブンむくれ。
もともと情緒不安定でキレやすいトトだが、祖母がナチスの犠牲者だというザジはトトに輪をかけてエキセントリックな性格で、頭からペンキを被るわ、走る車から犬を放り投げるわ。こんな二人がウィーン、ラトビアへの出張旅行で行動をともにして・・・。
『4分間のピアニスト』のクリス・クラウス監督作品。ホロコーストを題材とした映画は数知れないが、これほどぶっ飛んだ表現は見たことがない。クラウス監督自身、親族にナチとしての過去があることを知り、家族の歴史やホロコーストについての調査を重ねたすえに辿り着いた表現方法が、この一風変わったラブストーリーだという。
トトは目下インポテンツのため妻の浮気を公認、ザジはバルタザールとの性的関係を広言している。こんな二人の恋がすんなり進むはずもないのだが、トトの祖父とザジの祖母が幼い頃にラトビアのリガで同級生として机を並べていたことが分かり、またザジが自殺未遂騒ぎを起こしたりして二人の距離が縮まり、リガに辿り着いた二人は・・・。
戦後70年を過ぎた今、未来を生きる世代のためにも、ただ過去の歴史を嘆くだけでいいのか? ブラックユーモアと毒気がてんこ盛りで、かなりのくせ玉・変化球勝負の表現ではあるが、単に歴史を俯瞰するのではなく、孫世代の個人的な視点からホロコーストのタブーに切り込んだクラウス監督の意欲作。監督は「過去の歴史を共有した上で、共生への扉を開ける」という難しい役割をトトとザジに託し、それは苦い結果に終わるけれども、そこには一筋の光が・・・。
不都合な過去には触れようとしない日本映画界に比べ、最近のドイツ映画人の勇気に敬服。

https://www.youtube.com/watch?v=cAmg7el9CBI
2019-05-28 : 映画 :

おとなのけんか

2011年/アメリカ/フランス・ドイツ・ポーランド/79分
ロマン・ポランスキー監督/ジョディ・フォスター、ケイト・ウィンスレット
★★★★★ ★★☆☆☆

ニューヨーク・ブルックリンの公園で、11才の少年同士が喧嘩。一人が振り回した棒がもう一人の顔に当たり前歯を折る怪我をさせてしまう。加害者の少年の両親が被害者の少年宅を訪れて話し合い、和解の文書を作って目出度く解決と思われたが・・・。
大ヒットしたした舞台劇、ヤスミナ・レザの戯曲「大人は、かく戦えり」を、ロマン・ポランスキー監督が映画化。脚本はポランスキーとレザの共同脚本、撮影は『戦場のピアニスト』以来コンビを組むパヴェル・エデルマンである。
基本全編会話劇、舞台はアパートの一室、時間の経過はリアルタイム。この難しい芝居を演じるのは名だたる名優たち。加害者少年の両親にクリストフ・ヴァルツ(弁護士)とケイト・ウィンスレット(投資ブローカー)、被害者少年の両親にジョン・C・ライリー(金物商)とジョディ・フォスター(物書き)。
この2組の夫婦、4人が4人とも典型的な中流階級のスノッブで、表面は上品ぶっているけど一皮むけば鼻持ちならないキャラばかり。世間話をするうちに会話の端々に各人の本音が出て口論は過熱し、主義主張が絡んで次第に事態は紛糾。子供の喧嘩は何処へやら、話はあちこちに飛んで非難の応酬の末、最悪の泥仕合に。携帯が水没し、ゲロが飛び出し、アルコールが入って、日常生活の不満が噴出し、双方の夫婦間の溝が露わになり、誰が誰の味方か分からなくなって・・・。
大人の見栄、体裁、偽善、欺瞞、無神経、傍若無人、揚げ足取り、ブリッコ、オタメゴカシ・・・とエゴイズムのオンパレード。誰しも思い当たる部分があるだけに、大笑いしながらも我が身を振り返らざるを得ない。そして皮肉なエンディング、大人たちがまだ喧嘩の最中、公園では子供二人はすでに仲直りをして一緒に遊んでいた。

https://www.youtube.com/watch?v=Zvg_wK6smK4
2019-05-28 : 映画 :

善き人のためのソナタ

2006年/ドイツ/137分
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督/ウルリッヒ・ミューエ、マルティナ・ゲデック
★★★★★ ★★★★☆

1984年の東ベルリン。シュタージ(国家保安省)のヴィスラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は、劇作家のドライマン(セバスチャン・コッホ)の監視・盗聴を命じられる。社会主義を信奉し国家に忠誠を誓うヴィスラーは、早速ドライマン宅に盗聴装置を仕掛け、そのアパートの屋根裏に陣取って24時間体制の監視を始める。
ドライマンは恋人で舞台女優のクリスタ(マルティナ・ゲデック)と同棲していて、当然彼女も監視対象となるが、その頃クリスタは党の実力者のヘムプフ大臣(トーマス・ティーメ)から性的関係を強要されていた。ヴィースラーの詳細な報告書にはクリスタと大臣の関係も含まれているが、出世至上主義のヴィスラーの上司グルビッツ部長(ウルリッヒ・トゥクル)は、この報告を握り潰す。
「党の盾と剣」というシュタージの任務に誇りを抱いていたヴィスラーだったが、党幹部の卑劣な行為と腐敗した体質を目の当たりにし、その一方でドライマンとクリスタのプライバシー〜深く真摯な愛、芸術に対する情熱、自由への渇望〜に触れ、彼の心にこの任務への疑問が生まれて・・・。
ドイツ映画の重鎮ヴェルナー・ヘルツォークをして「ドイツ映画史上、最も素晴らしい作品」と言わしめた本作。脚本・監督は弱冠33才のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクで、アカデミー外国語映画賞の受賞作である。
冷戦下の東ドイツは、ナチスドイツ、スターリン時代のソ連を上回る監視・密告社会で、国民100人に1人の割合でシュタージ要員がいたとも言われている。ヴィスラー大尉を演じたウルリッヒ・ミューエもまた、当時監視されていた1人だったとか。
殺風景な部屋にコールガールを呼んで性欲を充たす孤独な中年男ヴィスラー。彼は自問自答しながらも監視を続けるが、この任務の背後に、ドライマンを抹殺してクリスタを我がものにするという大臣の邪な意図を感じ取り、次第にドライマン・クリスタ擁護に心を移し始める。
折しも反体制派と目されて活動を禁じられていたドライマンの親友の劇作家が自殺。ショックを受けたドライマンは、友人とともに東ドイツ社会の現実を世界に知らしめるために動き出し、西ドイツのシュピーゲル誌に「東ドイツの高い自殺率」についての論文を寄稿する。
シュタージはすぐさま犯人探しに動きドライマン宅も家宅捜索するが、決め手となるタイプライターが見つからない。そこでクリスタを違法薬物使用の疑いで逮捕し(彼女は大臣との関係を拒否していた)、ヴィスラーが尋問して(彼は尋問のプロでもある)タイプライターの隠し場所を白状させる。そしてグルビッツ部長自らが再度の家宅捜索。しかし何故かタイプライターはその場所から消えていた・・・。
ドナースマルク監督が4年間にわたる徹底した取材と調査を行って完成した本作品は、東ドイツの国家体制の問題点、シュタージの役割、社会の空気感を的確に捉えていると当時を知る人々も評価。体制順応者だったヴィスラーが人間としての倫理に目覚めるプロットも、政治劇として無理がなく、サスペンスとしての緊迫感も十分。ドライマンの反体制行動の全てを完全に把握しながら一切報告せず、あまつさえ自らの手で証拠隠滅まで行ったヴィスラーの静かなる反逆を、名優ウルリッヒ・ミューエが完璧に演じている。
ベルリンの壁崩壊(1989年)後、公開されたシュタージの機密文書によって、ドライマンは初めて事件の全貌を知る。彼は著書の献辞に「感謝をこめて HGW XX7に捧げる」と記す。それは、今はチラシ配布で細々と暮らすかつての監視のプロ、ヴィスラーのコードネームだった。

https://www.youtube.com/watch?v=UM_jFjwojNU
2019-05-26 : 映画 :

戦火の馬

2011年/アメリカ/146分
スティーヴン・スピルバーグ監督/ジェレミー・アーヴァイン、エミリー・ワトソン
★★★★★ ★☆☆☆☆☆

英国の貧しい農家に買われてきた一頭の若いサラブレッド。農耕馬として調教しなければ売られてしまうため、農家の一人息子アルバート少年(ジェレミー・アーヴン)は懸命に農作業を教え込む。ジョーイと名付けられた馬とアルバートは深い絆で結ばれるのだが、折悪しく第一次大戦が勃発。ジョーイは軍馬として徴用されて西部戦線に送られ、徴兵年齢に満たないアルバートも、志願兵としてジョーイの後を追って前線へ・・・。
マイケル・モーパーゴの同名小説を、スティーヴン・スピルバーグ監督が映画化。撮影は『シンドラーのリスト』以来コンビを組むヤヌス・カミンスキー、音楽はいつものジョン・ウィリアムス。
前半の雄大な自然の中の牧歌的な映像はため息が出るほど美しく、後半の戦場シーンも徹底的に実写にこだわり、スピルバーグ独特のカメラの移動も随所に見られて素晴らしい。ジョーイの演技(?)に至っては驚嘆すべきレベルで、これもまたハリウッドの実力なんだろう。
ジョーイはさまざまな人々(イギリス人将校、ドイツの少年兵兄弟、フランスの農場の孫娘と祖父など)と関わりを持ちながら戦火の中を駆け巡り、前線で倒れるも敵味方の兵に助けられて奇跡の生還を果たすのだが、エピソードはいずれも断片的。後半のあまりに予定調和的な展開や、さあ感動して下さい的な演出にも多少違和感を感じて、「さすが」と「やっぱり」が混在するスピルバーグ映画。
原作が児童文学で馬が主人公なんだから、戦争悪のリアリズムに欠けるのは仕方がないのかも知れない。『西部戦線異状なし』や『突撃』と比べる方が酷というものだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=fDcgiWxF5fU
2019-05-26 : 映画 :

エッセンシャル・キリング

2010年/ポーランド・ノルウェー・アイルランド・ハンガリー/83分
イエジー・スコリモフスキ監督/ヴィンセント・ギャロ、エマニュエル・セニエ
★★★★★ ☆☆☆☆☆

アフガニスタンの砂漠でアメリカ兵を襲ったタリバン兵(?)のムハンマド(ヴィンセント・ギャロ)は、アメリカ軍のヘリ攻撃を受けて昏倒し爆音で聴力を失う。捕虜となったムハンマドは軍用機とトラックでどこかに移送させられるが、事故でトラックが崖下に転落したのに乗じて運転手を殺し雪深い山中へ逃走する。
ヘリと犬による執拗な捜索をなんとか振り切るが、さらに飢えと寒さがムハンマドを襲う。土中の蟻を食べ樹皮を囓りながら森林地帯を抜けて人里にたどり着いた彼は、製材業者を殺し、女を襲って逃走を続けるが、森の中の一軒家の前でついに力尽き・・・。
ポーランドの名匠イエジー・スコリモフスキ監督の、御年72才とは思えないユニークな作品。ヴェネツィア国際映画祭の審査員特別賞・男優賞受賞作である。
主人公のムハンマドは聴力を失っていて、最後に辿り着いた一軒家の女性(エマニュエル・セニエ)が聾唖者という設定もあって、彼は最後まで一言も喋らない。従って彼の人物像も背景も、逃げ回っている場所がいったいどこの国なのかも、一切分からない。アメリカ軍から逃げているはずなのだが、途中からそれも曖昧になり、ただただ生き延びるための彼の行動をカメラが追うだけ。
スコリモフスキ監督の40年前の『早春(1971年)』は、鮮烈な青春映画で僕も大好きな作品だったが、本作は正直言って??? アメリカvsアラブの戦争が背景にあり、時々コーランの朗読音が流れたりして、ラストで白馬に跨がって去ってゆくムハンマドは殉教者に見えたりもするが、監督によれば「政治的なメッセージではない」とのこと。だとしたら、彼に殺された民間人や、お乳を吸われた女性はたまったもんじゃないなァ。

https://www.youtube.com/watch?v=_0CR2N4xbfQ
2019-05-23 : 映画 :

ファミリー・ツリー

2011年/アメリカ/115分
アレクサンダー・ペイン監督/ジョージ・クルーニー、シェイリーン・ウッドリー
★★★★★ ★☆☆☆☆

ハワイの王族の末裔でオアフ島に住む弁護士のマット・キング(ジョージ・クルーニー)は、仕事人間で自宅にめったに帰らず、妻と二人の娘とは全く疎遠である。そんなある日、妻のエリザベスがボートの事故で昏睡状態となり、家庭と対峙せざるを得なくなる。
妻の回復は絶望的と医者に宣告され、寄宿舎にいる17才の姉アレックス(シェイリーン・ウッドリー)は反抗的、10歳の妹スコッティ(アマラ・ミラー)は学校で問題を起こす。おまけにカウアイ島の先祖伝来の広大な土地キプ・ランチを売却するかどうかの判断を迫られている。そんな時、姉の口から、妻が浮気していたことを知らされて・・・。
カウイ・ハート・ヘミングスの小説を、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』のアレクサンダー・ペイン監督が映画化。家庭崩壊、妻の背信、尊厳死、自然破壊といった重たいテーマを描くのに、ペイン監督のとった手法はコメディ・タッチ。
ジョージ・クルーニーがこれに応えて不格好なオトーサンを巧みに演じる。マットが娘たちを連れて、見納めになるかも知れないキプ・ランチの土地を見に行くシーンが、美しい光景と相俟ってとても良い。オトーサンの奮闘のかいあって、妻は罪を許されて安らかに眠り、二人の娘との絆は再生され、親族一同の了解を得て自然は破壊を免れる。かなり安直な結末だが、ハワイの景観と奇をてらわない演出、脇役陣の素直な演技が、このファミリードラマを支えている。

https://www.youtube.com/watch?v=XDwUH02DDWU
2019-05-20 : 映画 :

街の灯

1931年/アメリカ/87分・モノクロ
チャールズ・チャップリン監督/チャールズ・チャップリン、ヴァージニア・チェリル
★★★★★ ★★☆☆☆

浮浪者の男(チャールズ・チャップリン)が、盲目の花売り娘(ヴァージニア・チェリル)に恋をする。その夜、浮浪者は酔って自殺を図った富豪の男(ハリー・マイヤーズ)を助け、友人になる。街の清掃員として働き始めた浮浪者は、花売り娘の家を訪れできる限りの世話を焼く。しかし彼女が家賃を滞納して立ち退きを迫られていることを知り、その金を工面しようと八百長ボクシングに出場するがあえなくノックアウト。万策尽きた浮浪者だったが、偶然酔った富豪と再会し千ドルを手渡されて、彼女に家賃と目の手術代を手渡す。しかし彼は富豪宅に入った強盗と間違えられて逮捕され・・・。
全編笑いとペーソスの連続。天才チャールズ・チャップリン監督・主演のサイレントの名作である。すでにトーキー全盛だったが、トーキー嫌いだったチャップリンは、台詞がなくても映像で全てを語ることが出来るという信念のもと、音楽と効果音のみを足したサウンド版として発表した。
冒頭の「平和と繁栄の記念碑」の除幕式のシークェンスで、恐慌下のアメリカの“平和と繁栄”に対する風刺がいきなり全開。富豪の男とつるんでのギャグが続くが、この富豪、酔いが冷めるとすべてを忘れてしまうというやっかいなオヤジ。その笑いには、富豪と浮浪者が素面で友人になれるはずがないという“毒”も仕込まれている。かと思えば、八百長ボクシングは理屈抜きで面白くて吹き出さずにいられない。
花売り娘とのロマンスの方は、彼女が浮浪者を金持ちだと誤解していたために、何とも微妙な結末を迎える。刑務所を出所した浮浪者が、目が見えるようになった娘と再会する名シーンでは、「You(あなたでしたのね)」という一言のスーパーが百語の台詞より効果を発揮する。この時の二人のえも言われぬ表情をどう解釈するかは、観客次第である。

https://www.youtube.com/watch?v=7vl7F8S4cpQ
2019-05-19 : 映画 :

気狂いピエロ

1965年/フランス/110分
ジャン=リュック・ゴダール監督/ジャン=ポール・ベルモンド、アンナ・カリーナ
★★★★★ ★★☆☆☆

主人公のフェルディナン(ジャン=ポール・ベルモンド)は結婚生活に飽き飽き/妻の実家(金持ち)のパーティに行くが、うんざりして中座/家に帰ると元カノのマリアンヌ(アンナ・カリーナ)が留守番をしている/彼女を送っていったついでに二人で一夜を過ごす。朝起きると男の死体/マリアンヌの情夫フランクを瓶で殴って二人は逃走/ギャングに追われ、二人は南仏に向かう/海辺の宿でフェルディナンは読書と物書き。カリーナが退屈して再び旅に/金がなくなり、米兵に寸劇を見せて金を奪う/ギャングの争いに巻き込まれ、マリアンヌは男を殺して逃げ、フェルディナンは捕まって拷問される/その後、二人はツーロンで再会/マリアンヌの兄フレッドがギャングと取引するのをフェルディナンが手伝う羽目に/マリアンヌとフレッド(兄ではなかった)はギャング一味を撃ち殺し金を奪って逃走/孤島に隠れた二人をフェルディナンが射殺/彼はダイナマイトを顔に巻き付けて自殺を図る。途中で止めようとするが・・・ドカン。
ジャン=リュック・ゴダール監督の代表作の一本。アメリカの小説家ライオネル・ホワイトの小説がベースだそうだが、原作はバラバラにされゴダールが勝手に料理してしまったようで、脈絡のないエピソードのごった煮ロードムービーなのだが、時々ミュージカルになったりするからややこしい。
会話もナレーションも抽象的、断片的、暗示的であり、引用、警句、独白、何でもあり。サミュエル・フラー監督が登場し「映画は愛だ、憎しみだ、行動だ、暴力だ、死だ、つまり感動だ」と宣ったと思えば、フェルディナンとマリアンヌの会話は「あなたは言葉で語る」「きみには思想がない、感情だけだ」「違うわ、思想は感情にあるのよ」といった具合。最後はアルチュール・ランボーの詩「永遠は私たちのもの、海と・・・そして太陽」で締めくくられる。
映画の面白さは幾通りもあるが、この映画のスタイルとセンスは全く独特のもので、強いて言えば感覚で見るとしか言いようのない映画。どう面白いのかと問われたら困ってしまうが、好きか嫌いかと聴かれたら、文句なしに好きな映画。フェルディナンとマリアンヌの決定的なすれ違いを見ていると、妻アンナ・カリーナとの破局を迎えていた時期のゴダール監督が、本心をぶちまけた映画だと考えれば分かりやすいのかも。
また本作にはベトナム戦争批判と思われる描写も見られ、アメリカ(そしてハリウッド)に対する愛憎半ばするゴダールの正直な気持ちが出ているとも言えそう。ラウール・クタール撮影のこの上なく美しい映像は、赤・青・白の三色が目立ちフランス国旗を意識しているように見えるが、この映像を実現したシネマスコープも20世紀フォックスが開発したアメリカ製というわけで・・・。

https://www.youtube.com/watch?v=TVvhJrrgfs0
2019-05-19 : 映画 :

アスファルト・ジャングル

1950年/アメリカ/112分・モノクロ
ジョン・ヒューストン監督/サム・ジャッフェ、スタンリー・ヘイドン
★★★★★ ★★☆☆☆

アメリカ西北部の小都会。刑務所から出所したばかりのドク(サム・ジャッフェ)が賭博業者のコビー(マーク・ローレンス)を訪ね、周到に計画された100万ドルの宝石強盗を持ちかける。用心棒のディックス(スターリング・ヘイドン)、金庫破りのルイ(アンソニー・カルーソ)、運転手のガス(ジェームズ・ホイットモア)と実行メンバーが揃い、宝石の現金化を悪徳弁護士のエマリック(ルイス・カルハーン)に依頼して、いよいよ実行。金庫破りの犯行はドクの指揮下で見事に成功するが、思いがけない事態が次々に起こって・・・。
1948年に『黄金』でアカデミー監督賞と脚色賞を受賞したジョン・ヒューストンの監督作品で、サム・ジャッフェがヴェネツィア国際映画祭で男優賞を受賞した。
犯罪のプロたちの犯行の一部始終を、時系列で緻密に追う正統派フィルムノワール。男たちのキャラクター設定が秀逸。計画立案者のドクは頭の切れるドイツ人、冷酷非情なディックスは実は故郷と馬を愛する純朴な男、ルイは人一倍の家族思い、洒落男のエメリックは実は破産寸前、コビーは冷や汗たらたらの小心者。計画成功の寸前で、ある者は射殺され、ある者は自殺し、ある者は逮捕される。負傷したディックスは車で故郷のケンタッキーへ向かうが、出血多量のため意識朦朧となり途中の牧場に倒れ込んで息絶える。
派手なオーバーアクションの映画を見慣れているせいか、この地味でクールな展開がかえって新鮮。ヒューストン監督らしい、男たちの人生の哀感も漂って懐かしい気分。あどけないマリリン・モンローが、悪徳弁護士のちょっとオツムの弱い情婦役で出ていて驚いた。

https://www.youtube.com/watch?v=IXrP6Uo4nUI
2019-05-13 : 映画 :

レッズ

1981年/アメリカ/194分
ウォーレン・ベイティ監督/ウォーレン・ベイティ、ダイアン・キートン
★★★★★ ★★☆☆☆

ハーバード大を出てジャーナリストになったジョン・リード(ウォーレン・ベイティ)は、自由主義者の女性ルイーズ(ダイアン・キートン)と出会って恋に落ち、夫と別れた彼女とニューヨークで同棲生活を始める。アメリカ各地の労働運動を取材して政治意識に目覚た彼は、アナキストでフェミニストのエマ・ゴールドマン(モーリン・スティプルトン、カデミー助演女優賞受賞)、劇作家ユージン・オニール(ジャック・ニコルソン)、左派誌編集長マックス(エドワード・ハーマン)らと交遊を重ねる。
1917年にロシア革命が勃発すると、ジョンはルイーズとともにロシアへ渡り革命を取材、帰国後に彼が著した「世界を揺るがした十日間」は大ベストセラーとなる。本格的に政治活動に入ったジョンはアメリア社会党の共産党化を目指すが右派の抵抗が激しく分裂状態に。事態打開のためロシア本部の公認を得ようと、ルイーズの反対を押し切って再度ロシアへ潜入するが・・・。
アメリカにジョン・リードのような社会主義者がいたことに驚いたが、何よりハリウッドでこのような映画が製作され、しかもアカデミー賞を受賞(監督・撮影・助演女優賞)したことにびっくり。ハリウッドきってのリベラル派ウォーレン・ベイティが製作・脚本・監督・主演を務め、執念で作り上げた194分の大作である。映画は当時のジョン、ルイーズを知る人々のインタビュー(ヘンリー・ミラーもいたらしい)を挟みながら進行するが、このインタビューシーンは、映画自体にノンフィクション効果を与えるとともに、二人の性格や時局の説明にもなっていて実に効果的。
その後のジョンは、ロシア政府にさまざまな役割を与えられてなかなか帰国できず、密かに出国するもフィンランドで拘束投獄されてしまう。それを知ったルイーズは急遽フィンランドへ向かうがすれ違い。ようやく二人はモスクワで再会を果たすものの、1920年、ジョンは病に倒れモスクワの病院でルイーズに看取られて32才の若さでこの世を去る。
ソ連の社会主義が崩壊してからすでに30年近くが経った今日、この映画に政治的な感想は持ち得ないが、理想に燃えた熱血漢の行動と恋を描いた映画として見れば、イデオロギーの時代ならではの若者の純粋さや激しさはとても新鮮に見える。

https://www.youtube.com/watch?v=2cf_8_x-lfY
2019-05-13 : 映画 :

魔人ドラキュラ

1931年/アメリカ/75分・モノクロ
トッド・ブラウニング監督/ベラ・ルゴシ、ヘレン・チャンドラー
★★★★★ ★☆☆☆☆

1897年の発表されたブラム・ストーカーの小説「ドラキュラ」は、1922年にF・W・ムルナウによって『吸血鬼ノスフェラトゥ』として映画化されているが、正式に映画化権を取得して製作された本作品が「ドラキュラ映画」の元祖であるといえる。監督はトッド・ブラウニング、主役はハンガリー出身のベラ・ルゴシである。ユニバーサル映画は、同年に『フランケンシュタイン』も発表。両作品とも世界的にヒットして、戦前のホラー映画ブームの先鞭を付けた。
ロンドンの不動産業者レンフィールド(ドワイド・フライ)は、ロンドンの土地の売買契約のためトランシルヴァニアのドラキュラ伯爵(ベラ・ルゴシ)の古城を訪ねるが、吸血鬼の伯爵に襲われてその下僕とされる。レンフィールドの手引で伯爵は棺とともに船でロンドンへ渡り、購入した舘に落ち着く。彼は北欧の伯爵として社交界に出入りし、隣家のセワード博士の美しい令嬢ミナ(ヘレン・チャンドラー)に目を付けて、彼女の寝室に忍び込む。しかしセワード博士の友人ヴァン・ヘルシング教授(エドワード・ヴァン・スローン)が伯爵は吸血鬼だと見破り、ミナを守るために立ち上がり・・・。
ベラ・ルゴシ演じるドラキュラ伯爵は、お馴染みの牙はなく、血を吸うシーンもないのでやや拍子抜け。しかし異様に光る邪悪な目と、ハンガリー訛り(らしい)独特の台詞回しは当時としては十分恐かったようで、『フランケンシュタイン』のボリス・カーロフと共に一躍世界的なスターとなった。二人ともそれまで役には恵まれなかったようで、人生何が起こるか分からない。

https://www.youtube.com/watch?v=VoaMw91MC9k
2019-05-10 : 映画 :
ホーム  次のページ »

カテゴリ

最新記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する